千五百番哥合に 通具卿
深草のさとの月影さびしさもすみこしまゝの野べの秋風
めでたし。詞もめでたし。 深草の里の月を、今きて
見れば、昔住て見し時のまゝなるが、野べの秋風のさび
しさも、又其時のまゝなるよと也。さびしさもといへる、も°ゝじ
にて、月の昔のまゝなるといふ意を聞せたる也。月影のさび
しといふにはあらず。三の句は下へつけて心得べし。
五十首歌奉りし時杜間月 俊成卿女
大あらきの森の木間をもりかねて人だのめなる秋の夜の月
大あらきといふ名を、木ノ間のあらき意にとりてなり。
守覚法親王家五十首哥に 家隆朝臣
有明の月まつ宿の袖のうへに人だのめなるよひのいなづま
摂政家百首哥合に 有家朝臣
風わたる浅茅が末の露にだにやどりもはてぬよひのいなづま
やどりはつるは、露の消るまでやどるなり。
水無瀬にて十首哥奉りし時 通光卿
むさし野やゆけども秋のはてぞなきいかなる風の末に吹らん
ゆけどもは、ゆけども/"\也。 秋のはてなきとは、秋の旅の
かなしさの、つきせぬ意にて、むさしのゝはてなきことを
かねたり。 下句は、猶行末も、いかにかなしからんといふ意なり。
古き抄に、むさし野のおもしろきを賞したる意に注し
たるは、いみじきひがごとなり。
百首哥奉りし時月 慈圓大僧正
いつまでか涙くもらで月は見し秋まちえても秋ぞ恋しき
めでたし。 結句涙にくもらで見し、昔の秋ぞ恋し
き也。又秋をまちえても、涙にくもりて、秋の月のやうにも見え
ぬ故に、秋のさやかなる影の恋しき、といへるやうにも聞ゆ。
式子内親王
ながめわびぬ秋より外の宿もがな野にも山にも月やすむらん
めでたし。下句詞めでたし。 本哥√いづくにか世をばいと
はむ心こそ野にも山にもまどふべらなれ。 初句は、月を
ながめわびたる也。 二三の句は、月を見れば、秋のかなしさの
ますにつきて、かやうに秋の月のすまぬ宿もがなと、ねがふ也。
下句、しかれども、いづくにのがれても、秋ならぬ所はなく、いづ
こにも/\月はすみて、ながめわぶるにてやあらむと也。
野にも山にもといふは、本哥のごとく、世中はいづこも/\と
いふ意。 月すむといふは、秋のかなしくて、ながめわぶる意
なるを、たがひに詞を相照して、初句へ、月すむといふことを
ひゞかせ、結句へ、ながめわぶといふことをひゞかせたる物なり。
これ上手のしわざにて、一ツのたくみなり。其心を得て見ざ
れば、いたづきのかひなし。古き注ども、此意を得ざる故に、
みなあやまれり。