水無瀬戀十五首哥合に夕戀 摂政
何故と思ひもいれぬゆふべだにまち出しものを山の端の月
待出しとは、此哥にては、わざと月をまちて出たるにはあら
ず。物おもひて、ながめをするほどに、月の出たるをいふ。
一首の意は、何故とさして思ひいれtる事もなかりしほど
だに、おのづから月の出たるまで、ながめはせし物を。まして、
今は、思ひ入たる戀に、あけくれながめのみして、月の出る
を見ぬ夕暮もなしと也。
寄風戀 宮内卿
きくやいかにうはの空なる風だにもまつに音するならひ有とは
めでたし。下句詞めでたし。 聞やいかにとは、云々のな
らひ有といふことをば、聞及び給へりやといふに、其風の音
を聞ことをもかねたり。 うはの空なるは、俗言にいふと同
じ意にて、何の心も情もなき風といふことにて、空をふ
く縁の詞なり。 まつに音するは、松の梢に音するを、人待
ところには音づるゝことにとれり。 契沖云。此發句、
人をことわりにいひつむるやうにて、女の哥には、殊にいかにぞやある也。
きくや君といはゞまさらむと申す人侍きといへり。まことに
いかには少しいひ過して聞ゆる也。
題しらず 八條院髙倉
いかゞふく身にしむ色のかはるかなたのむるくれの松風の聲
後拾遺、√松風は色やみどりに吹つらむ物思ふ人の身に
ぞしみける。といへる哥によりて、松風はもとより物思ふ
人の身にしむ物なるが、たのめたる暮には、又常よりも
まさりて身にしむとなり。 しむの縁に色といひて、かは
るとは、色の常よりも深くなるなり。 いかゞふくとは、いかやう
にふくことぞといふ意なり。 たのむるは、たのめしとあら
まほし。 此哥、初句のく°もじと、二の句のむ°もじと重な
りて、詞がらのびやかならず。すべてく°す°つ°ふ°む°ゆ°る°のも
じ、かやうに重なれる時は聞よからず。