題しらず 寂蓮
さびしさはその色としもなかりけり槇たつ山の秋の夕暮
めでたし。
西行
こゝろなき身にもあはれはしられけり鴫たつ沢の秋の夕暮
めでたし。
西行法師すゝめける百首哥に
定家朝臣
見わたせば花も紅葉もなかりけり浦のとまやの秋の夕暮
二三の句、明石ノ巻の詞によられたるなるべけれど、けりといへる
事いかゞ。其故は、けりといひては、上句、さらぞゝ花もみぢなど
有て、おもしろかるべき所と思ひたるに、來て見れば、花紅葉
もなく、何の見るべき物もなき所にて有けるよ、といふ意に
なればなり。そも/\浦の苫屋の秋の夕ベは、花も紅葉も
なかるべきは、もとよりの事なれば、今さら、なかりけりと、歎ず
べきにはあらざるをや。我ならば√見わたせば花ももみぢも
なにはがたあしのまろ屋の秋の夕暮などぞよまゝしとぞ。
ある人はいつる。
五十首哥奉りし時 雅經
たへでやは思ひありともいかゞせんむぐらの宿の秋の夕暮
初句詞たらで、とゝのはぬこゝちす。 いかがせんも、よくかなへ
りとも聞えず。 意は、本哥にあたりて、たとひ思ひあり
とも、堪でやはすまるべきとなり。
秋の哥とて 宮内卿
思ふことさしてそれとはなき物を秋のゆふべを心にぞとふ
上下の句の間へ、かくかなしきは、いかなることぞとゝいふこと
を加へて聞べし。詞たらで、とゝのはぬ哥也。と°もじを一ツ加ふ
れば、大かた聞ゆるなり。
鴨長明
秋風のいたりいたらぬ袖はあらじたゞ我からの露の夕暮
下句詞めでたし。 古歌に√春の色のいたりいたらぬ
里はあらじ云々。 いたりいたらぬといふ詞、袖には似つかはし
からず。 下句、我からの露とつゞけて心得べし。
式子内親王
それながら昔にもあらぬ秋風にいとゞながめをしづのをだまき
めでたし。 我身も昔のわが身。秋風も昔の秌風の
まゝながら、我身のうへの、昔のやうにもあらぬにつれて、秋
風のかなしさも、昔にはまさりて、いとゞながめをすると也。
結句は、√昔を今になすよしも哉の意をふくめたる詞なり。