雨中無常といふことを
太上天皇
なき人の形見の雲やしぐる覧夕べの雨に色は見えねど
琵琶皇太后宮隠れて後十月彼の宮の人々の中
に誰ともなくてさしおかせたる
相模
神無月しぐるヽころもいかなれや空に過ぎにし秋のみや人
右大將通房身まかりて後手習ひすさびて侍りける
あふぎを見出してよみ侍りける
土御門右大臣女
てすさびのはかなき跡と見しかどもながき形見に成にける哉
読み:なきひとのかたみのくもやしぐるらむゆうべのあめにいろはみえねど
意味:亡くなった人の火葬の形見の煙が雲となって時雨ているのだろう。夕べの雨にはその気配が無かったのだが。
作者:後鳥羽天皇1180-1239 譲位後三代院政を敷く。承久の変により隠岐に流される。多芸多才で、新古今和歌集の院宣を発し、撰者に撰ばせた後自撰する。
備考:建永元年七月二十八日和歌所当座歌合で題は雨中無常 八代抄 美濃 常縁原撰本新古今和歌集聞書 新古今抜書抄 九代抄 九代集抄 新古今和歌集抄出聞書(陽明文庫)
参考歌 見し人の煙を雲とながむれば夕の空もむつましきかな。(源氏物語 夕顔)
読み:かんなづきしぐるるころもいかなれやそらにすぎにしあきのみや人
意味:十月の時雨れる頃の涙で濡れた衣はどのようでありましょうか。皇太后様が亡くなられて上の空の秋を過ごされた皇太后宮の皆様には。
作者:さがみ 平安中期の女流歌人 三十六歌仙の一人。養父は源頼光。相模守大江公資の妻となり、別離後、脩子内親王に仕える。
備考:琵琶皇太后は、三条天皇中宮で万寿四年(1027年)9月14日崩御。皇后宮を秋の宮という。頃もと衣の掛詞。
読み:てすさびのはかなきあととみしかどもながきかたみになりにけるかな
意味:手慰みにちょっと書いた筆の跡と見たけれど、長く残った形見となってしまった。
平成27年3月25日 點七