新楽府其二十二
百錬鏡 辨皇鑒也 百錬鏡 皇の鑒(かがみ)を弁ずる也
百錬鏡 百錬鏡(ひゃくれんきょう)
鎔範非常規 鎔範(ようはん)、常規に非ず。
日辰處所靈且奇 日辰(じつしん)、処所、霊にして且つ奇なり。
江心波上舟中鑄 江心の波上、舟中に鋳るは、
五月五日日午時 五月五日、日の午なる時なり。
瓊粉金膏磨瑩已 瓊粉(けいふん)、金膏(きんこう)、磨瑩(まえい)し已(おわ))り、
化爲一片秋潭水 化して一片の秋潭(しゅうたん)の水と為る。
鏡成將献蓬萊宮 鏡成りて、将に蓬莱宮に献ぜんとし、
揚州長史手自封 揚州の長史、手自ら封ず。
鈿匣珠筐鎖幾重 鈿匣(でんこう)、珠筐(しゅかん)、鎖すること幾重ぞ、
人間臣妾不敢照 人間(じんかん)の臣妾、敢へて照らさず。
背有九五飛天龍 背(うら)に、九五飛天の龍有り、
人人呼為天子鏡 人々呼びて天子の鏡と為す。
我有一言聞太宗 我に一言(いちげん)の、太宗に聞ける有り、
太宗常以人爲鏡 太宗、常に人を以て鏡と為し、
鍳古鍳今不鍳容 古(いにしえ)を鑑み、今を鑑みて容(かたち)を鑑みず。
四海安危照掌内 四海の安危をば、掌(たなごころ)の内に照らし、
百王理亂懸心中 百王の理乱をば、心中に懸けたり。
乃知天子有別鏡 乃(すなわ)ち知る、天子、別に鏡有り、
不是揚州百錬銅 是れ揚州の百錬の銅にならずと。
18:19
中宮 太宗は、常に人を以て鏡と為し、古を鑑み、今を鑑み、容を鑑みずと。
(中宮、藤式部 にっこり)
中宮・藤式部 四海の安危、掌内に照らし、百王の理乱、心中に懸く。乃ち知る天子別に鏡あるを。
中宮 是れ揚州、百錬の銅ならず。
中宮 妍子?
妍子 姉上、お邪魔して宜しいうございますか?
通釈
百度も鍛錬に鍛錬を重ねて作り上げる天子の銅鏡、
その制作の規範は尋常なものではない。
まず正確な時刻を計る日時計を船中の霊妙な場所に据え付け、
百錬鏡を揚子江の真ん中に浮かぶ船上で、
五月五日の正午に鋳あげるのである。
鋳あげた鏡を玉の粉や金色の油でもってぴかぴかに磨き上げると、
それは秋水を湛えた大淵のように澄んだ明鏡に生まれ変わる。
完成した鏡は、蓬莱宮の天子に献上しようとして、
揚州の長官が手ずから函に収めて封印する。
この鏡は螺鈿の小箱に入れ、更に真珠で飾った箱に入れて何重にも封印されており、
俗世間の男女が姿形を映すような代物ではなく、
背面に飛天龍を象嵌した天子の専用鏡である。
人々はそれを天子鏡と呼ぶが、
私には太宗から承った一言がある。
太宗皇帝は常日ごろ、「朕は人を鏡とする。鏡は古今の興亡映すが、鏡に朕の姿は映さない」と述べられ、
鏡によって天下の平安や危機を掌中に把握され、
歴代帝王の治政の安定や乱れを心にかけておられた。
してみれば、天子には特別の鏡があるのであって、
それは揚州から献上された百錬の銅鏡などではないことが分かる。
参考
新釈漢文大系97 白氏文集 一