白氏文集巻第四 諷論四 新樂府 三十七
陵園妾 憐幽閉也
陵園妾、陵園妾、顔色如花命如葉。
命如葉薄將奈何、一奉寝宮年月多。
年月多、春愁秋思知何限。青絲髪落抜鬢疎、紅玉膚銷繋裙慢。
憶在宮中被妬猜、因讒得罪配陵來。老母啼呼趁車別、中官監送鎖門廻。
山宮一鎖無開日、未死此身不合出。松門到曉月徘徊、柏城盡日風蕭瑟。
松門柏城幽閉深、聞蟬聽鸎感光陰。眼看菊蘂重陽涙、手把梨花寒食心。
手把梨花無人見、綠蕪牆繞青苔院。四季徒支粧粉錢、三朝不識君王面。
遥想六宮奉至尊、宣徽雪夜浴堂春。雨露之恩不及者、猶聞不啻三千人。
三千人、我爾君恩何厚薄。願令輪轉直陵園、三歳一來均苦樂。
陵園の妾 幽閉を憐れむなり
陵園の妾、陵園の妾。顔色は花の如く命は葉の如し。
命は葉の如く薄し、将(は)た奈何(いかん)せん、一たび寝宮に奉へて年月多し。
年月多、春愁秋思知んぬ何の限りかあらん。青糸の髪落ちて抜鬢疎らなり、紅玉の膚銷えて繋裙慢し。
憶在(そのかみ)宮中に妬猜せられ、讒に因り罪を得て陵に配せられ来る。老母啼呼(ていこ)して車を趁(お)ひて別れ、中官監送して門を鎖して廻る。
山宮一たび鎖されて開く日無く、未だ死せずんば此の身合(まさ)に出づべからず。松門暁に到るまで月徘徊し、柏城尽日(じんじつ)風蕭瑟(しょうしつ)たり。
松門柏城幽閉深く、蝉を聞き鴬聴きて光陰に感ず。眼に菊蘂を看れば重陽の涙あり、手に梨花を把れば寒食の心あり。
手に梨花を把れば人の見る無く、緑蕪牆は繞る青苔の院。四季徒に支す粧粉の銭、三朝識らず君王の面。
遥かに想ふ六宮の至尊に奉ふるもの、宣徽の雪夜浴堂の春。雨露の恩及ばざる者、猶聞く啻(ただ)に三千人のみならずと。
三千人、我と爾と君恩何ぞ厚薄ある。願はくは輪転して陵園に直し、三歳に一たび来たる苦楽を均しうせんしめんことを。
通釈
天子の陵墓に仕える宮女、陵園の妾よ、その顔は花のように麗しいのに、その運命は草の葉のようにはかない。
運命は草の葉のようにはかない、これをいったいどうすればよいのか。ひとたび陵寝に仕えると、歳月は幾多も重ねらえてゆく。
歳月は幾多も重ねられ、めぐりくる春秋の憂愁に、いったい終わりはあるのだろうか。若々しかった黒髪は抜け落ちて、結い上げた鬢の毛はまばらとなり、紅玉の玉のような肌のつやは消え失せて、腰に巻きつけたスカートが痩せた身にはゆる過ぎる。
思い起こせばその昔、宮中であらぬ妬みを受け、讒言によって罪を着せられ、陵園に流されてきたのだった。老母は泣き叫び、私を乗せた車を追いかけた挙げ句に引き離され、宮中の宦官は護送してきて、門を鎖して戻っていった。
山中の御殿は、ひとたび鎖されると再び開かれる日はなく、死なない限り、この身はここから出ることができない。松の植わった御陵の門に、夜が明けるまで月が行ったり来たり、柏の茂る陵園に、日がな一日ものさびしげな風が吹きすさぶ。
松柏の茂る陵園に深く幽閉され、蝉の声を聞き、鴬のさえずりに耳を傾けては季節の移ろいに感じ入る。菊の花の芯を見つめて重陽の節句に涙を流し、白い梨の花を手に取って寒食の時節の到来に心を動かす。
だが、梨の花を手にしても誰も見る人はなくて、緑の雑草が生い茂る垣根が、青く苔生した中庭を取り囲んでばかりだ。季節ごとに意味もなく化粧代が支給されるが、皇帝が三代替っても、陛下のお顔も知らずにいる。
はるかに思ひを馳せれば、今上陛下にお仕えする後宮の者たちは、宣徽殿の雪の夜、浴堂殿の春の日と待っているのであろう。それでも、陛下の恩寵に恵まれない者は、三千人どころの数ではないと伝え聞く。
三千人の後宮の者たちよ、私とあなたたちとは、陛下からの恩寵になんと格差があることか。どうか、後宮の者たちにも順番に交代で陵園に宿直させ、三年に一度ここへ来ることとして、苦楽を平等にしてはいただけないか。
源氏物語 手習
「某が侍らむ限りは、仕うまつりなむ。何か思し煩ふべき。常の世に生ひ出でて、世間の栄華に願ひまつはるゝ限りなむ、所狭く捨て難く、我も人も思ひすべかンめる事なめる。かかる林の中に行ひ勤め給はむ身は、何事かは恨めしくも恥づかしくも思しすべき。このあらむ命は、葉の薄きがごとし」と言ひ知らせて、
「松門に暁到りて月徘徊す」と、法師なれど、いとよし/\しく恥づかしげなる樣にて宣ふ事どもを、
「思ふやうにも言ひ聞かせ給ふかな」と聞きゐたり。
本文取
山深くやがて閉ぢにし松の戸に只有明の月や漏りけむ
山宮一閉無開日 未死此身不令出 松門到暁月徘徊 柏城尽日風蕭瑟 松門柏城幽閉深 聞蝉聴燕感光陰
新勅撰集
秋こそあれ人は訪ねぬ松の戸をいくへも閉ぢよ蔦の紅葉葉
山宮一閉無開日 未死此身不令出
新勅撰集
樂府を題にて歌詠侍りけるに、陵園妾之心を
源光行
閉果つる深山の奧の松の戸を羨ましくも出づる月哉
山宮一閉無開日 未死此身不令出 松門到暁月徘徊
源師光集
題陵園妾
松の戸をひとたびさいてあけねどもなほ入りくるはあり明の月
藤原定家 拾遺愚草
題陵園妾
なれきにし空の光の恋しさにひとりしをるる菊のうは露
夫木和歌抄 雑部十七 陵園妻
藤原長方
春のうれへ秋のおもひのつもりつつ三代にもいまはなりにけるかな
登蓮法師
松の戸をとぢてかへりしその日よりあくるもよもなき物おもひかな
新続古今和歌集
冷泉為秀
とぢはつる松のとぼその光とてたのむもかんし菊のうへの露
正徹 草根集
たをやまがつらき心もうつろはで挿むなしき園の白菊
詳細不明
とはれしよ月も軒もる夜もすがら松の戸たたくあらしならねば
新撰朗詠集 閑居
閑居秋色変 大江以言
帰老の休臣の霜の後の眼、陵園の配妾の月の前の心