冬
初しくれ猿も小蓑をほしけ也 芭蕉
あれ聞けと時雨来る夜の鐘の聲 其角
時雨きや並びかねたる魦ふね 千那
僧
幾人か時雨かけぬく勢田の橋 丈草
膳所
鑓持の猶振たつるしくれ哉 正秀
廣澤やひとりしくるゝ沼太良 史邦
舟人にぬかれて乗し時雨かな 尚白
伊賀の境に入て
なつかしや奈良の隣の一時雨 曽良
しくるゝや黒木つむ屋の窓明り 凡兆
大津
馬かりて竹田の里や行しくれ 乙州
たまされし星の光や小夜時雨 羽紅
膳所
新田に稗殻煙るしくれ哉 昌房
いそかしや沖の時雨の真帆片帆 去来
伊賀
はつ霜に行や北斗の星の前 百歳
一いろも動くものなき霜夜哉 野水
淀にて
はつしもに何とおよるそ舩の中 其角
歸花それにもしかん莚切レ 仝
禅寺の松の落葉や神無月 凡兆
百舌鳥のゐる野中の杭よ十月 嵐蘭
こからしや頬腫痛む人の顔 芭蕉
砂よけや蜑のかたへの冬木立 凡兆
奈良にて
伊賀
棹鹿のかさなり臥る枯野哉 土芳
膳所
渋柿をなかめて通る十夜哉 裾道
茶の花やほるゝ人なき霊聖女 越人
伊賀
みの虫の茶の花ゆゑに折れける 猿雖
古寺の簀子も青し冬かまへ 凡兆
翁の堅田に閑居を聞て
雑炊のなどころならば冬こもり 其角
伊賀
この寒さ牡丹の花のまつ裸 車来
草津
晦日も過行うはかゐのこ哉 尚白
神迎水口たちか馬の鈴 珎碩
はつしぐれさるもこみのをほしげなり 芭蕉(初時雨:冬)
あれきけとしぐれくるよのかねのこゑ 其角(時雨:冬)
※謡曲三井寺による。
しぐれきやならびかねたるいさざぶね 千邦(時雨:冬)
※洞院摂政家百首 藤原定家
雲のゆく堅田の沖やしぐるらむやや影しめる蜑のいさり火
※魦 いさざ。琵琶湖固有種の淡水のハゼ。いさだとも呼ばれる。
いくたりかしぐれかけぬくせたのはし 丈艸(時雨:冬)
やりもちのなほふりたるつしぐれかな 正秀(時雨:冬)
ひろさはやひとりしぐるるぬまたらう 史邦(時雨:冬)
※沼太良 ヒシクイの別名。
ふなびとにぬかれてのりししぐれかな 尚白(時雨:冬)
なつかしやならのとなりのひとしぐれ 曽良(時雨:冬)
しぐるるやくろきつむやのまどあかり 凡兆(時雨:冬)
むまかりてたけだのさとやゆくしぐれ 乙州(時雨:冬)
※竹田の里 京都市伏見区竹田。竹田街道は京都と伏見を結ぶ道。
だまされしほしのひかりやさよしぐれ 羽紅(時雨:冬)
しんでんにひえがらけむるしぐれかな 昌房(時雨:冬)
いそがしやおきのしぐれのまほかたほ 去来(時雨:冬)
はつしもにいくやほくとのほしのまえ 百歳(初霜:冬)
※北斗の星の前 和漢朗詠集 擣衣 劉元叔
北斗星前横旅雁 南楼月下擣寒衣
ひといろもうごくものなきしもよかな 野水(霜夜:冬)
はつしもになにとおよるぞふねのなか 其角(初霜:冬)
かへりばなそれにもしかんむしろぎれ 其角(帰花:冬)
※それにも
新古今和歌集巻第六 冬歌
頼輔卿家歌合に落葉のこころを 藤原資隆朝臣
時雨かと聞けば木の葉の降るものをそれにも濡るるわが袂かな
時雨かと聞けば木の葉の降るものをそれにも濡るるわが袂かな
よみ:しぐれかときけばこのはのふるものをそれにもぬるるわがたもとかな 雅 隠削
意味:時雨が降ってきたかと音を聞いたが、ただ木の葉が降っている音で、それにも私の袂は濡れてしまう。
備考:嘉応元年刑部卿藤原頼輔家歌合。参考歌 音にさへ袂を濡らす時雨かな真木の板屋の夜半の寝覚めに(千載集 源定信)
ぜんでらのまつのおちばやかんなづき 凡兆(神無月:冬)
もずのゐるのなかのくひよかんなづき 嵐蘭(十月:冬)
こがらしやほほばれいたむひとのかほ 芭蕉(木枯:冬)
※頬腫 お多福風邪
すなよけやあまのかたへのふゆこだち 凡兆(冬木立:冬)
さをしかのかさなりふせるかれのかな 土芳(枯野:冬)
しぶがきをながめてとおるじふやかな 裾道(十夜:冬)
※十夜 浄土宗の寺で十月五日から十五日まで昼夜念仏を唱える行事。真如堂が有名。
ちやのはなやほるるひとなきれいしやうぢよ 越人(茶の花:冬)
※霊聖女 霊照女は道釈画で扱われる画題で、馬祖道一の門下で唐代の仏教者である
龐居士の娘。禅に帰依して悟る所があり、竹竿を売って父を養った。
みのむしのちやのはなゆへにをられける 猿雖(茶の花:冬)
ふるでらのすのこもあをしふゆがまゑ 凡兆(冬がまえ:冬)
ざふすいのなどころならばふゆごもり 其角(冬ごもり:冬)
このさむさぼたんのはなのまつはだか 車来(寒牡丹:冬)
つごもりもすぎゆくうばがいのこかな 尚白(いのこ:冬)
※うばが 近江の草津の名物姥が餅。
※いのこ 亥子餅。十月の亥の日に餅をついて食うと万病を除き子孫繁栄すると言われ
祝った。
かみむかへみなくちだちかむまのすず 珎碩(神迎:冬)
※神迎 十月の晦日、神無月で出雲に参集した神を各神社が迎える行事
※水口 東海道五十三次の水口宿で、甲賀郡にあった。現在の甲賀市水口。