あー魅惑の人妻の夏も、終わったなぁ。ご想像通り、つつがなく、ひっそりと、幕を閉じまして。『君が代』を歌いたい気分です・・・って、苔むしたないわっ!魅惑の人妻の股間・・・おっと間違えた、沽券に係わる。
秋の夜長に語ることはないだろうかと、つらつらと考えていたのですが、久しぶりに恋バナでも。別れた彼(又は彼女)との思い出の場所へ、一人で行ったことがありますか?私ね、あるの。思い切る為ではなく、忘れない為にでした。心の中へ、もう一度、色んな風景を焼き付けておきたかったんです。渦中にいた時はドキドキしていたし、時間に追われてせわしなく動いていたから、周りを見渡す余裕なんてなかった。でね、同じ道を改めて辿ることによって、確認していったの。公衆電話、駅の改札・・・そういった一つ一つに、思い出がありました。
友達関係から出発した二人のデート。いたずら心いっぱいの私は、後ろからケリ入れたろかトカ、膝カックンしたろかトカ、不埒なことを考えていて。でも落ち合った途端にね、恥ずかしくなって何にもできなかった。可笑しいですよね。心を許し、お色気トークもしていた間柄なのに。旅行パンフを握り締めて改札に立っていた彼の姿、今も覚えています。ちょっとした日帰り旅行だったの。行き先は、お寺でした。落ち着いた大人の雰囲気を漂わせる男女なら、渡辺淳一の世界になり得るんですが、彼はともかく私はねぇ。黒木瞳というよりは~(いうよりはー)寺島しのぶと・・・どういう意味で使こてるかは、聞かないで~!
その日の私、白というよりはアイボリーといった趣きかな、そんな色の夏らしいワンピースを着ていました。全体にうすーく小花模様が散っていて、裾に色彩のアクセントをあしらってるの。ウェストの所で、サテン地の大きなリボンを結ぶようになっていてね、トウシューズ履いて背中に羽をつけたら、そのまま飛んでいきそう
天国まで。勝手に殺すなー。”そーのてーで そーのてで♪”別の意味で彼に思われてるよ。「首絞めたろか!」とんだ『愛ルケ』劇場ですが、私が渡辺淳一の世界をなぞっても、こんなものよ。若さ全開といったお年頃でもなかったけれど、それでも可愛く見られたかったのね。女心という名の黒い欲望だ。
彼と肩を並べ歩いた参道。その石畳を一人踏みしめました。若干息がはずみます。過ぎし日に想いをめぐらし、あな侘びし・・・心持の所為じゃな。いやいや、オモイはオモイでも体の所為でしょう。ほっとけ!季節が変わって、緑が目に映えます。太古から、そこへ存在していたであろう威厳を見せ、たたずむ杉の木。その梢の緑から漏れいずる光線。そっと手をかざし、空を見上げました。寺島しのぶに見えるかしら・・・。寺島しのぶというよりは~(いうよりはー)敬礼してるピーポくんやっちゅーねん。
広い境内を、ゆっくり眺めていきました。当時はね、ずっと見つめられているようで、そそくさと移動してた。後で彼に、「どんどん離れていっちゃった」と指摘された位。照れくさかったのね。もうアカン・・・また来た時に見よ~。かなり早い段階で、観光という目的を捨て去りました。かと言って甘えることもできず。二人で正座して、お寺の歴史を聞いたんです。長時間で足が痺れました。「うー辛かったぁ」立ち上がって歩く時に、寄りかかればよかった。今なら、そう思いますけど、やっぱりできなくて。廊下の途中に掲げてあるパネルの所まで来ました。人としてあるべきことを、美しい写真に載せて掲示してあるの。道ならぬ恋行の二人には、耳が痛い言葉です。真剣に読んでいる私の後ろで、彼がクスリと笑った。ささやかなヒトコマ。そんなことを覚えているし、そんなシーンが好きよ。小説を書こうとする時に、想像では書き得ない部分じゃないかしら。いかな渡辺淳一さんの小説にも。うん、ないでしょう。
いくつかの建物が長い廊下でつながっていて、中庭が見えるのね。自然なたたずまいの。眺めていて飽きがこないというか。木々の緑に空の青って、こんなに美しかったんだ・・・って、しばし見惚れていました。共に感動できればよかったのだけど、一人になって気づくことってあるんですよね。彼と来た時には足を運ばなかった裏庭があり、奥へ続いているの。ちょっとした水辺が清々しい。心地よく安らげる空間でした。やがて鐘楼へたどり着きます。ここまでの道々はね、目立たず人もまばら。絶好の・・・おっと、やめておこう。チクショウ。こんないい場所があったのに。悔やんでも、もう遅い。一人鐘をつきました。後ろでカップルが待っていやがる。鐘の中に入っとれ。思い切りついたるわ~!そんなこと考えてませんよ。
お昼は、正門の前にある、お蕎麦屋さんへ入りました。名物のお蕎麦をいただきまして、「すみません。熱燗くださーい。」あら、エッセイ・ブログ本文では言ってなかったわね。酒好きなの。小鉢物をアテに一口、また一口と、運びます。おっさんか!左手には、宇野千代の文庫本『生きて行く私』(宇野さんの『嫌われ松子・・・』を地でいく愛の遍歴)ちゃうちゃう・・・。やがて相席を頼まれましてね、ふと見上げると先程のカップルが。向こうも、あっ・・・という表情になりまして。虚構世界のように一人しみじみいかないのが、世の常でございます。
店を出て、門前の坂道を下ります。あの時、隣にいた彼の様子が、よみがえってきました。片手でリズムをとり、少し弾むように歩みを進めていた。それはささやかな喜びの表現だったんじゃないか、と今にして思います。とびっきりの笑顔よりも、この場面の穏やかな微笑み、覚えておきたいな。それは私を切なくもさせるけれど・・・いとおしい気持ちを呼び起こすから。
肩を並べて歩く、ただそれだけのことが幸福だったあの頃、あなたの隣は居心地がよかったです。 -いま、会いにゆきます-