大好きな人に、何故できなかったのだろう。
電話の声を、ほめてくれた人がいた。「ここぞという時には、もっと可愛くなるんだヨ!」と返したら、「どんな時やねん!」と反応し、「何を言うかねぇ・・・試しようもないのに」と笑った。彼は友達。そうして、結婚していた。そんな立場の人に、友達以上の感情を抱いてしまったのである。彼には、それまで知り合った男性とは違う何かを感じていた。生涯を通じて、そう出会うことがないであろう特別な縁、とでもいおうか。こうして芽生えた淡い恋心は、日増しに大きくなっていき、一方そうとは知らぬ彼は、友情という名の下に、以前と変わらぬ気のおけない関係を続けようとしていた。
そんな彼を、私は引き込んだ。自分の感情の渦の中に。
本当の気持ちを押し隠して友達関係を続けるのが、平和的解決に決まっている。相手に告げたところで、明るい未来が待っている訳ではない。彼が家庭を大切にしていることはわかっていたし、私の方にも略奪しようという気持ちはなかったから、どのみち迷路に陥るだけである。それでも、自分の胸の内を言わずにおれなかったのは、勝手な時だけ甘えられ、感情をかき乱されたくなかったから。彼のちょっとした態度で心が激しく揺れ、空へ舞い上がる程の幸福を感じたかと思えば、地底深くまで埋もれる程落ち込む。その繰り返しだった。どうして自分だけが、こんなに辛い思いをしなければならないのか。そんな憤りもあった。
告白は、彼の心にできたちょっとした隙間に、付け入るように行われた。愛する人の力になりたいという純粋な想いが多くを占めていたものの、その根底には、こちら側へ引き込むことで同じ苦しみを味あわせたいという思いも転がっていた。その証拠に、告白したことで二人の仲がギクシャクし始めると、次のような言葉を投げつけたのである。「あなたの為にどれだけ涙を流してると思ってるの?私に甘えたいのなら、ちゃんと向き合って!じゃないと優しくしてあげない!!」。ただでさえ、弱っている相手に向かって、私の中の悪魔が牙をむいた。彼はショックを受け、そして連絡は途絶えた。「君は、僕の本当の気持ちをわかっていない。」という言葉を残して。
それからの数日間は、最悪だった。どんなに相手を想っても、通じるとは限らない。しかも、あんな形で気持ちを突きつけて、なおのこと通じる訳がない。しかし、二人の間に友達以上の空気が存在していたのも事実だった。あと一歩の壁が破れないもどかしさ。以前、想いをかけていた先輩に言われた「君のことは好きだけど、愛していない。」という言葉がよみがえった。
最初は、報われない自分が哀れだった。だが時がたつと、今度は傷つけてしまった彼のことが気になりだした。そんな中で、ひょっとして彼は、私を友達として信頼してくれていたからこそ甘えていたのではないか・・・という思いへたどり着いた。究極の友達関係。男女間でもそのようなものが成立するのならば、その方が、どのみち展望のない関係に進むよりも、光栄で幸福だったのかもしれない。しかしもはや、それまでの友達関係までが点滅信号だった。自分の手でパンドラの箱を開けてしまった以上、仕方がない。どん底まで落ち込み、この方が、きっと彼にとっては幸せなのだとあきらめかけていた頃、思いもかけず手を差し延べられた。私はその手をとった。 彼は言った。「僕も同じ気持ちだったんだ・・・」 そして、こう続けた。「お互いの気持ちがはっきりわかった以上、もう友達ではいられないな。」
こうして二人は、迷路に陥った。
勿論、幸せな時もあった。だが、大部分は切なさの連続だった。下手をすると、何も手につかない。一日中彼の事ばかり考えている。体を支配する重苦しさ。辛い状況は、以前より酷くなった。ただ、一人じゃないということだけが救いだった。その為に引き込んだのだから。とめどなくあふれてくる、彼が好きという想い。その想いを私はぶつけ続け、そうして彼は、黙ってそれを受け止めてくれていた。家庭は壊さないということが大原則ではあったが、彼は彼にでき得る限りのことをしてくれていた。なのに、いつしかそんな気持ちを疑うようになった。
お互いの心の内がわかったことによる安心感からきた油断なのか、あるいは煩わしい状況が重なり、気持ちに余裕がなかった所為なのか・・・とにかく、今までと微妙に空気が変わったと感じたことがあった。そしてそれは、私をひどく不安にさせ、同時に彼の気持ちに対して疑念を抱く原因となった。そうすると、あっちこっちの綻びが気になり始めた。それぞれの事柄は大したことではなかったのに、一つの不安が増殖し、積み上げられ、挙句の果てにあっけない事が原因で爆発した。彼は、つまらないことでつっかかってくるなとばかりに腹を立てた。しかし、そのつまらない一件が止めを刺したのだ。「こんなことで関係が終わるのは馬鹿げてる。頭を冷やせ。」「つまらないことじゃない。私にとっては大事なことよ!」私は再び、かつて投げつけたのと同じ言葉を吐いていた。「ねぇ、ちゃんと向き合ってよ!!」関係が悪化していく中で、私は何度も愛の言葉を引き出そうとした。そうして、どれだけ自分がこの恋愛に捨て身の覚悟で臨んだか、どれだけ彼のことを想っていたかをぶちまけた。冷静に考えれば、そんな恐ろしいプレッシャーを与えて、良好な反応が返ってくるはずがないのだ。それでも、彼との関係を突き詰めずにはいられなかった。
そうして、二人の関係は終わった。結局というか、案の定というか・・・
恋の魔法が解けると、いろんなものが見えてきた。彼からもらったたくさんの幸福。あんなことも。こんなことも。ひたむきだった自分の想いも含めて、ステキな思い出がそこここに転がっていた。決して重苦しい、辛いだけの恋愛ではなかった。しばくして、彼から手紙がきた。そこには、本当の想いがしたためられていた・・・。どれほど私を大切に想っていたか、どれほど私を愛していたか。求め続けた言葉がそこにあった。「ちゃんと向き合って!」「僕の本当の気持ちをわかってない。」振り出しに戻って、終わっていたのだ。
どうせまた同じ失敗を繰り返すから、もう恋なんてゴメンとは、思わない。辛い思いをしても、傷ついても、あの時のアツい想いは忘れられない。パンドラの箱の底には、やはり希望が横たわっていた・・・と信じたい。「僕は、君の為に何ができる?」彼の言葉は、今も私の中に生きている。
「・・・という訳なんで、よろしくお願いしますぅ。」と年下の彼へ仕事を依頼していたら、突然帰ってきた息子が、「誰と話してんの?」咄嗟のことだったのと、心に潜むトキメき心に気が引けて、答えあぐねているとー「ひょっとして、お母さんの不倫相手!?」年下の彼は、電話の向こうで絶句。「スミマセン・・・」と謝りながら、「もぉ~あっち行って。」と、息子にケリを入れた。
あの時の彼に、素直に甘えたかったな・・・
39歳魅惑の人妻は、今日も逞しく生きております♪そして相変わらず、愚かな女を続けております(笑)。