私たち日本人の、良いところでもあり、良くないところなのが「もう終わったことだし、いいんじゃない?」「結果もよかったんだから・・・」と言って、根本的なことを議論し続けることを面倒がるところです。
良く解釈すれば、いわゆる「水に流す」寛容さを持つ国民性ですが、逆に根本的な解決を図らず何度も同じことを繰り返すことになります。
ところがマスコミの中には、権力を持っている人たちなら、何がなんでも批判し続ける、決して水に流したりしないスタンスのマスコミもあります。あまりにも「何がなんでも」というのも困ったものですが、こと日本サッカー協会に対する舌鋒には、同感するところがありますので、たとえ1ケ月以上まえの記事とはいえ「もう終わったことだし、いいんじゃない?」と言わずに、キチンと議論の材料として、皆さんに提供したいと思います。
それは日刊ゲンダイデジタル 2018.07.20の記事「W杯決勝T進出で消えた“責任論“それでも田嶋会長でいいのか」です。
まさに日刊ゲンダイにしか書けない舌鋒の鋭さです。その見出しだけでも十分伝わってきます。
「政敵を駆逐する強権恐怖政治」
まぁ、人は見かけによらぬもの、なのか、いわれのない日刊ゲンダイの中傷なのか、これからも、この類いのレポートは跡を絶たないと思いますので、我が「サッカー文化フォーラム」はウォッチし続けていきます。
では、また。
良く解釈すれば、いわゆる「水に流す」寛容さを持つ国民性ですが、逆に根本的な解決を図らず何度も同じことを繰り返すことになります。
ところがマスコミの中には、権力を持っている人たちなら、何がなんでも批判し続ける、決して水に流したりしないスタンスのマスコミもあります。あまりにも「何がなんでも」というのも困ったものですが、こと日本サッカー協会に対する舌鋒には、同感するところがありますので、たとえ1ケ月以上まえの記事とはいえ「もう終わったことだし、いいんじゃない?」と言わずに、キチンと議論の材料として、皆さんに提供したいと思います。
それは日刊ゲンダイデジタル 2018.07.20の記事「W杯決勝T進出で消えた“責任論“それでも田嶋会長でいいのか」です。
まさに日刊ゲンダイにしか書けない舌鋒の鋭さです。その見出しだけでも十分伝わってきます。
「政敵を駆逐する強権恐怖政治」
まぁ、人は見かけによらぬもの、なのか、いわれのない日刊ゲンダイの中傷なのか、これからも、この類いのレポートは跡を絶たないと思いますので、我が「サッカー文化フォーラム」はウォッチし続けていきます。
では、また。