ワールドカップ最終予選のため中断期間に入ったJリーグ。
今日は最終予選の初戦、オマーン戦がまもなく始まる。
この時期にJリーグの話題だが、昨シーズンまで指揮を執り名将の評価が高かったアントラーズのオリヴェイラ監督やガンバ大阪の西野朗監督がチームを去り、ここまで首位のベガルタ仙台を率いる手倉森監督や、サンフレッチェから浦和レッズに移り順調にチームをまとめているミハイロ・ペドロヴィッチ監督あたりの評価が高くなっているのではないか。
当ブログでは、今シーズンJ1初昇格を果たして、ここまで一ケタ順位を維持しているサガン鳥栖のユン・ジョンファン(尹晶煥)監督に注目している。
長らくJ2に雌伏していた鳥栖について抱いていたイメージは、金欠チーム、チーム消滅の危機にさらされているチームというイメージだったから、J1に昇格しても甲府のようにまた逆戻りになるのではという思いでみていた。
それがこの健闘である。ユン・ジョンファン監督について語られている資料がまだほとんどないので、根拠のある説とは言えないかも知れないが、鳥栖のこの健闘は「監督力」によるものではないかという気がしている。直感と言っていいだろう。
ユン・ジョンファン監督は2000年から3年間セレッソでプレーしたあと一旦韓国に戻り、2006年から鳥栖でプレー、2008年からは指導者の道を歩み始めた。
プレーヤー時代のユン・ジョンファンのリーダーシップや指導者としての資質を見抜いたのが当時、鳥栖の監督をしていた松本育夫氏だ。ユン・ジョンファン監督にとっても松本育夫氏との出会いは重要だったに違いない。
選手生活を終えたユン・ジョンファンを将来の監督候補と見込んでチーム内で経験を積ませた松本氏の慧眼はサッカー界の財産である。
2010年から監督として指揮を執り翌2011年にはJ2・2位、鳥栖を悲願のJ1昇格に導き、今シーズンまでこの健闘ぶりである。
さしたる補強資金もないクラブだけに、大きな戦力的な変化が見られなかったチームにおいて、この位置にいられる理由を探せば、それは「監督力」以外に見当たらない。当プログはそう思うのだ。
サッカーチーム監督に求められる資質・能力
サッカーチームの監督、その立場の人間に必要な資質・条件といったものを考えてみる。いろいろな書物などでも論じられ、世界のトップクラスの名将と言われる監督たちの分析・評価にも事欠かない。
「監督力」というタイトルの書物もあったような気がしてAmazonで検索してみたら、2004年に刊行された西部謙司氏の「監督力-サッカー名将の条件」という本がヒットした。当方のライブラリーにあるのかどうか確認もしていないし、内容についても説明できない。
それとは別に当ブログが考えているサッカー監督の資質・条件といったものをあげてみたい。
①選手の適性を発掘・察知する能力と、布陣として適性に配置する能力
よくサッカーチームの監督には、自分が考えているサッカーのイメージ、ビジョンに合う選手を集めてチーム作りをするタイプと、自分が使える選手の能力を見極めて、それに合うサッカーを考えるのが得意なタイプがいると言われる。
ただいずれにしても、百人百様とも言える選手の個性、力量あるいは潜在能力といったもの、つまりピッチのどこで使うとこの選手が最大限の力を発揮できるのか、その選手のそれまでのプレー歴とか本人の願望などを抜きにして、適性を見極める能力の差が、監督の資質・能力の差として大きいと思う。
個別の選手の適性を見抜いてコンバートし、本人が大飛躍した例として顕著なのが長友佑都だ。普通、大学生の半ばからポジションが変わり、そこから世界トップクラスのビッグクラブでレギュラーを張れる選手にまで飛躍する例は、そうザラにはいないし、あそこで明治大学の神川監督がコンバートとしなかったら、長友という才能は完全に埋もれたままだったに違いない。
監督さんが、一人ひとりの適性を100%見抜いているかどうか、そのポジションで使うのが本当に彼の能力の最大限のところなのか、結構、大切な部分のようだ。
選手のコンバートがチームを世界一に導いた例として語られるのが女子ワールドカップ優勝の、なでしこジャパン・佐々木監督だ。澤穂稀選手をトップ下からボランチにコンバートしたことによって、彼女の守備力、展開力、そして他の選手をトップ下に使えるという選択肢、それらが相乗効果をもたらし、結果して優勝まで勝ち取った。
この場合、あとで述べるがチームの大黒柱である澤のポジション変更を本人も納得させチームとしても機能させるため、また別の資質・能力が必要になる。
②対戦チームのスカウティング能力・戦術構築能力
これは、監督の能力として一番先に語られることが多い項目だ。この能力は監督だけで成し得るものではなく、スカウティングといった情報収集、自チーム選手のフィジカルコンディションの維持確認など、チームスタッフ全体の智恵と能力を結集していく必要があり、それらを的確に遂行できるスタッフの確保も監督の重要な能力であり、いわば連合艦隊の司令官として作戦を練るために必要な部分といえる。
これら①②によって「敵を知り、己れを知れば、百戦危うからず」という格言が現実のものとなるだろう。
③勝つチームにまとめるモチベート能力
個々の選手の能力が高い集団になればなるほど個性の強い選手たちの自己主張も強くなるのが通例だ。よく1+1を3にするか、2にも満たないものにするか、いわば選手のベクトルを勝利という方向にまとめることの難しさを語る例えに使われるが、そこで大切なのがモチベート能力である。チームとして勝利に向かうことの大切さ、その中での個々の選手の役割の大切さ、あるいは試合に向かう選手のスピリットというかね戦う集団に徐々に気分を高めていく盛り上げ能力といったことである。
レアル・マドリーのモウリーニョ監督をして「ペペやマルセロといった選手を闘犬のように今にも噛みつかんばかりの状態にしてピッチに送り出し、自分は何食わぬ顔をしている」と評したコラムがあったが、これが、モチベーターとして高い能力を持ったモウリーニョ監督をよく表している。
また、レギュラーと控えの選手の間に目に見えない溝があったりすると、それでまたチームとして総合力の発揮がそがれてしまう。監督は、そうしたことにも目配りして「この監督についていく」という気にさせ、それぞれの役割を最大限に発揮してもらう資質・能力が必要となる。
監督になるほどの人は、人間的に人間的にも素晴らしい人が多いのだが、勝利のためには冷徹に選手の取捨選択を行ない、それでいてチームの一体感を高めるという難しい仕事をこなさなければならない。そういった百戦錬磨の監督たちの中で、さらに名将という評価を得る人たちは「カリスマ」と呼ばれる人間離れした資質を備えているということになるのだろう。
さきに述べた、なでしこジャパン・佐々木監督などは、いつもは選手たちに「ノリさん」と呼ばれてにこやかにしている。それこそアマチュアサッカーチームの監督みたいな雰囲気である。
しかし、ここぞと思ったことについては冷徹だった。チームのスーパー大黒柱である澤選手のポジション変更である。並の監督なら澤選手だけはノータッチ、ではなかろうか。しかし佐々木監督は、そういう観念を取り払ってチーム作りを考えたのだ。
もちろん澤選手とは真剣に話し合っただろうし、澤選手も納得してポジションを移ったからこそボランチで機能したのであり、チーム力も高まったのだ。当時、知名度も低く評価がまだ定まっていなかった佐々木監督だが、それまでの知名度や評価が重要なのではなく、選手の持つ適性をチームのどこでどう使うかが重要なのだ、ということを見事に証明してみせた。
④試合において瞬時の判断・決断を下せる采配能力
①から③までは深みのある人間性、あるいは知性、カリスマ性といった面で監督を見たが、試合は戦場そのものだ。瞬時の判断・決断の失敗はそのままチームの敗戦に直結する。
戦場での瞬時の判断・決断力は、ある意味動物的な、本能的な部分が持つ能力ともいえる。直感とか、勘といった言葉で語られることもある。ただ、直感とか勘も、チームとして集めた情報を総合的に分析して導かれた方向性があるから判断を間違わないのであり、戦局全体を冷静に見極めていればこそ下せる決断であろう。
最近まで総理の座にあった、どこぞの国の総理のように、瑣末な事に血道をあげて「ソーリのリーダーシップだ」などとわめいているようでは、もし戦場なら何万もの将兵をいたずらに死なせてしまうだろうし、サッカーの試合なら絶対勝てない監督となる。
サッカーチームの監督は、試合に選手を送り出してしまえば、使えるのは交代カードを最適に切ることぐらいだが、実は、このカードの切り方一つで、試合の流れをガラリを変えることができる。
この「選手交代」で凄味を感じたのが日韓ワールドカップで韓国のヒディング監督が見せた采配だ。決勝トーナメント1回戦、イタリアとの試合で見せたFWカードの連続投入、三人目のFW投入の時はディフェンスの要、というよりチームの要であるホン・ミョンポ(洪明甫)を下げての交代である。守備のバランスが大きく崩れることは間違いない、しかし、そんなことを言っても点をとらなければ勝てない、それがわかっていても、なかなか采配でそこまで大胆にやれる監督は少ない。
当ブログは、現在の日本代表監督、ザッケローニさんについて、この部分にやや不安を抱いている。日韓ワールドカップの時の日本代表・トルシエ監督もそうだった。決勝トーナメント1回戦のトルコ戦、戦い方のアプローチも誤りスタメンの選び方を失敗したほかに、選手交代のカードの切り方もまったくダメだった。
結局トルシエさんは育成向きの監督であり戦場を指揮する監督の器ではなかったことが明らかになった。同じ頃、ヒディング監督がああいう采配をしただけに、余計トルシエさんの非力ぶりが際立ったものだ。
ザッケローニ監督にもレギュラー選手を固定しがちな采配が見られる。「戦局が優勢な時にはいじらない」というのがサッカーにおける選手交代の鉄則といわれている。言い換えれば監督としての腕のみせどころは、戦局が危うい時、このままでは負けてしまいそうな時である。
これまでのザッケローニさんは、負けていてもズルズルと決断ができず、残り少なくなってから投入しても、あまりにも遅きに失しているといったケースが散見された。まだ、失敗が許される試合だったから大きな問題になっていないが、いよいよという場面、ここで失敗したらアウトという場面での判断力・決断力には不安が残ったままだ。
⑤対外的に適切な情報発信を行なうスポークスマン能力
現代のプロサッカー監督、国の代表監督は、コツコツと監督だけをやっていれば許されるものではなくメディアを中心とした対外的に、適切な情報発信能力ができるスポークスマンとしての資質・能力も求められている。
特にメディアとの一問一答は、答えやすい質問ばかりではなく、またサッカーだけの質問とは限らず、それでいて待ったなしのやりとりだ。脇の甘い答えも許されないが木で鼻をくくったような答えも許されず、その場その場で機転を効かせることも大切な要素となる。
よく名将と言われる監督は、選手個々の批判をメディアの前ではしないという点で共通していると言われる。心の中ではある選手に対する怒りが渦巻いていても、それを表に出してはおしまいで、メディアの思うツボなのだ。こうしてみると監督業というのは、真っ正直な人にはとても務まる代物ではなく、多重人格というか、本音と建前を自在に使い分けられる、当ブログに言わせれば化け物のような人でないと務まらないのかも知れない。
さて、サッカーチームの監督に求められる能力・資質といったことについて、ひとくさり述べたが、ユン・ジョンファン監督はどうか。
ユン監督は、鳥栖に潜在能力の高い選手が多いことを見抜いている
私は、ここまでのところ、①②③の点が優れているのではないかと思っている。特に③については、思うところがある。
現在の鳥栖には、ユース年代、五輪代表世代の日本代表の中心だった選手が少なくとも3人いる。FWの豊田陽平、水沼宏太、中盤の岡本知剛である。彼らがいま鳥栖にいるということは、彼らの仲間であった例えば本田圭祐、豊田陽平にとって、星稜高校でも名古屋グランパスでも後輩にあたる。本田圭祐のいまを思えば豊田陽平の心中や察して余りある。
水沼宏太がキャプテン、岡本知剛も選ばれた2007年U-17W杯日本代表の同期には、ケガをして療養中だがレッズの山田直輝、最近評価急上昇のマリノス・齋藤学がいる。特に齋藤は水沼にとって元チームで同僚、ポジションも近いライバルだ。
こうした潜在能力の高い選手の能力を引き出せれば戦力的に大変な魅力となる。選手たちにも当然「もう一度」という気持ちがある。そこでのアプローチだろうと思う。豊田も水沼も、いまはJ1の鳥栖でプレーできていることに自信と確信を抱いていることだろう。このあたりは必ず何かの専門誌がユン・ジョンファン監督に確認してくれると思う。
まだ注目しているメディアが少ないユン・ジョンファン監督、当ブログは将来彼が「Jリーグで成功した最高の韓国人監督」と評される日が来るような気がしており、かつてのパク・チソン同様、Jリーグをステップとして世界に羽ばたいていける可能性を秘めている人だと思っている。なにせ、まだ39歳、あと20年は監督としてキャリアを積んでいける人なのだ。日本や韓国、アジアの枠に収まって欲しくない期待もある。
ユン・ジョンファン監督のサッカーを知る数少ない手掛かりが、2012.5.8号のサッカーマガジンに載っている。どうやら前線からのプレッシングを90分継続するのがキモのようで、ボランチはむしろチームを動かせと監督から指示されているようだ。ボランチは自分がプレッシングに行くのではなく、前の選手がプレスできるよう的確に指示を出すのが役目のようだ。この辺は他のチームと少し違うような気がするが、当ブログはその分析が専門ではないので他メディアに譲りたい。
この戦術では夏場を乗り切るのが一つの鍵になるが、そういう意味では、この中断期間は鳥栖にとって追い風だ。夏に向けて十分体力をつけ直せるしプレッシングを続けられそうだ。
まだまだ長いJリーグとはいえ、鳥栖とユン・ジョンファン監督に運のある年になりそうだ。名将への道のりには幸運も必要であり、いろいろな意味で巡り合せの良さも条件の一つかも知れない。松本育夫監督という伯楽との出会いから始まったユン・ジョンファン監督の名将への道、当ブログは、これから20年ぐらいのスパンで彼を追ってみたい。
これも「サッカーを愛する者」にプレゼントされた「夢」といえるだろう。
ちょうど、ブログを書き終えた頃、日本vsオマーン戦が3-0で終了した。まずは好発進だ。今日のザック采配、まず内田に代えて酒井宏樹、次に岡崎に代えて清武、最後は残り数分で遠藤に代えて細貝。
細貝についても清武と同じぐらいの時間が欲しかった。選手交代について試合後の会見で質問が出たのかどうかわからないが、遠藤から細貝への交代に関しては寸分の狂いもなく、という感じには思えない。
カードのチョイスはやむを得ないところだろう。酒井、清武、細貝、宮市はその次といった感じかも知れない。酒井も清武も今後の戦いの中では、内田、岡崎にすぐ代えられる手ごたえが欲しかっただろうし、遠藤に代えての細貝にも長期的な意味合いがある。宮市を見たいという願望は、今日のところは我慢しなければという感じだ。
次の試合、香川は黙ってはいないだろう。それなりの働きをしたと回りは評価してくれても本人は悔しさ一杯の初戦だったに違いない。次のヨルダン戦、彼の思いが多少なりともピッチに現われるだろう。