世界で一番清貧な大統領 ウルグアイ前大統領ホセ・ムヒカ氏の話
「世界で一番貧しい大統領」と紹介されている南米ウルグアイのホセ・ムヒカ前大統領(80)が初来日した。ムヒカ氏は「世界で一番貧しい大統領」なのではなく、「世界で一番清貧な大統領」なのだ。四月六日、東京都内で一部メディアの取材に応じた。日本政府が憲法解釈を変え、他国を守る武力行使を可能にした安全保障関連法の制定は、「日本が先走って大きな過ちを犯している」と批判した。
ムヒカ氏は先立つ記者会見でも「いまだに人類は先史時代を生きている。戦争を放棄する時が来たら、初めてそこから脱却できる」と指摘した。マルクスも今からおよそ150年ほど前に述べている。人類の歴史はまだ「前史である」とまだ「本史」は始まっていないと。ムヒカ氏は言う。「私たちには戦争を終わらせる義務がある。それは世界の若者が完成させなければならない大義であり、可能なことだ」と訴えた。
ムヒカ氏は、世界中で戦争に使われている膨大な軍事費は「世界的に大きな問題であり、経済的な観点から見ても非常に深刻なことだ」と憂いた。豊かな国と貧しい国との格差解消や地球温暖化対策などに使うべきだと。
また五十四年ぶりに国交を回復した米国とキューバによる交渉の裏で、オバマ米大統領のメッセージをキューバのラウル・カストロ国家評議会議長に託したエピソードを明かし、「私たちは平和に導くような解決策を模索しなければならない」と和解の大切さを訴えた。
来日に際し、被爆地・広島を訪れることを自ら決めたというムヒカ氏は「広島には世界で起きた最も大きな悲劇の記録がある。人類がいかに残虐なことをできるのかが見えてくると思う。日本に来て広島を訪れないのは日本国民の皆さんに対して敬意に欠けるのではないか」と述べた。
◆幸せ追求 演説が絵本に
ムヒカ前大統領が「世界で一番貧しい大統領」と呼ばれるようになったきっかけは、大統領在任中の二〇一二年にブラジルで開催された「国連持続可能な開発会議(リオ+20)」で行った演説だ。
「貧乏とは少ししか持っていないことではなく、無限に多くを必要とし、もっともっとと欲しがることです」「今の地球の危機の原因は、環境の危機ではなく、政治の危機なのです」「乗り越えなければならないのは私たちの文明のモデルであり、見直すべきは私たちの生き方なのです」
ムヒカ氏は居並ぶ各国首脳を前に、大量消費社会やグローバリズムを批判し、世界の注目を集めた。演説は、日本でも子ども向けの絵本にまとめられた。
「質素な生活は自分のやりたいことをする時間が増える。それが自由だ」。六日、報道陣の前に姿を見せたムヒカ氏は青いシャツにデニム、ブルゾン姿。ノーネクタイは大統領任期中も含め貫徹している。公邸には住まず、報酬の九割を慈善団体に寄付。現在も自宅で畑を耕しながら上院議員の妻と二人で暮らす。
戦争やテロ、貧困や格差、気候変動や環境汚染など世界が抱えるさまざまな問題に関して、説くように持論を語ったムヒカ氏。「もはや一国で解決できる問題ではないが、世界全体での合意は存在しない。世界的な政治的決断が求められているにもかかわらず、私たちはそれを下せずにいる」
何かを追い求め続けることに束縛され、本当の幸せとは何かを見失ってはいないか。ムヒカ氏は問い掛ける。「世界は多くの富を抱え、技術も進歩した。しかし、資本主義は盲目で、だれもそれをとめることはできない。それが資本主義の『美しき悲劇』だ。私たちは幸せに生きているのだろうか」
(近藤晶氏の文章を基に加筆)