新しい年も1ヶ月過ぎ、蒲原平野も2月を迎えた。1月は冬型が例年になく強く、積雪も多かった。大寒を過ぎたあとは、意外と寒さは続かない。しかし、立春を迎えた今日2月3日は少し寒さが身にしみる。新潟県のコロナウイルス感染はまだまだ続いているが、西蒲原はほとんど感染を見ないので嬉しい限りである。 蒲原平野は、まだまだ雪に覆われ真っ白だが、海岸線はほとんど雪を見ることはない。弥彦・角田山系の木々はまだまだ静かに眠っているが、そろそろ3月に向かって芽の動きが始まる。山道や田んぼのあぜ道では、草たちが種子や地下茎、そしてロゼット状の株で冬越ししているが、早いものでは3月には新しい姿を見ることができるであろう。
スズメたちは、上の写真にもあるようにふっくらとした毛に覆われて寒い冬を集団で過ごしている。それでは昆虫たちは、どのようにこの寒い冬をおくっているのだろうか。蒲原平野ではほとんどが卵や上の写真(イラガの繭)にあるように繭の中で蛹状態で冬をこす。植物の枝葉に付着したり、土の中で蛹の状態で春を待っているのだ。写真にあるイラガの場合は、この繭から春になると成虫である蛾が羽化する。産卵を開始、そこから幼虫が孵化し、葉っぱを食べて生活するが、この時刺されると痛い。私は毎年一回は刺されるが、1週間ほど痛痒いが続く。
ここではアブラムシの冬越しの様子を見る。上の写真はニワトコに寄生しているニワトコアブラムシの集団である。びっしりと葉や茎に寄生して汁を吸う。尻近くにある角状管から吸った汁の排泄物である甘い液体を出す。この汁がベトベトとして油みたいになるので、油虫(アブラムシ)といわれる由来である。さて、このアブラムシは上の写真状態では冬を越せない。では冬はどうしているのであろうか。
多くのアブラムシは、蒲原平野では春から10月まではメスだけで繁殖するが、10月中旬になるとその理由は定かでないが、集団の中からオスが出現する。上はニセダイコンアブラムシの交尾の写真であるが、右のオスは左のメスの三分の一くらいの大きさである。体格のいい姉さん女房だ。蒲原平野では11月以降は、温室内以外では、胎生繁殖はできない。すべて卵での繁殖方法となる。
交尾のあとメスは産卵を開始(上)するが、この卵の状態で寒い冬を葉や枝に付着して過ごす。たくさん産卵するが、冬を越せないで途中死滅するものも結構あるようだ。下の写真はメスが直接子虫を産んでいる様子であるが、これを胎生生殖と言って春から晩秋までのアブラムシの繁殖方法である。一日に7個体くらい産み、一ヶ月ぐらい生み続けると言われるが、アブラムシがいつの間にか枝葉にびっしりと増えている状態を見ることがあるのはこの旺盛な繁殖による。
10月中旬に産卵された卵は、初めは薄い黄緑であるが数時間経つと黒褐色に変わる。これが寒さに強い受精卵となり、枝葉についたまま冬越しする。春になると下の写真にあるように卵から子虫が孵化してくる。
春になると孵化するが、写真のように孵化直後から歩き出すが、この幼虫は4回位脱皮を繰り返して1週間から10日くらいで成虫(メスだけ)となる。そして子虫の繁殖にと頑張るのである。
春になると上の写真のように早速枝葉から吸汁して、直接子虫を生む生殖方式で繁殖する。個体が多くなるとそのコロニーの中から羽のあるアブラムシが出てくる(下)。その有翅の個体は、自分の羽や風にのって新しい寄主となる植物体に移動して再びそこで吸汁と繁殖を返して秋まで増え続けるのである。ねずみ算というよりは、アブラムシ算で増え続けるのである。寒い冬を乗り越えた甲斐があるというものですね。コロニーから、秋にオス、春から秋にかけて羽のあるメスが出現するメカニズムは現段階でははっきりとしていない。
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