ちわきの俳句の部屋

メカ音痴おばさんの一念発起のブログです。
人生の後半を俳句にどっぷりと浸かって、…今がある。

体験!これは異次元の世界?

2022年03月10日 | 俳句

 前回のブログからあっと言う間に10日間が過ぎてしまいました。この間私は一体何をしていたんでしょう???いつもの俳句教室と恒例の吟行会…それに週2、3回のリハビリへ、ああ医大の検診もあったんだっけ。おまけに5日(土)は下関へ…

 昨日は、12日(土)に行うフォーユー合同吟行会の下見に防府へも行ってきました。とにかくあちらこちらと駆け回って、時間を細切れにして使っているものだから余計に忙しい感じなんでしょうか。一日何もせずにボーッとしている日は今のところ全くないです。朝食は息子と自宅で、昼と夜は必ず義母のところで食べていますので…毎日行ったり来たりの生活。それで夜は疲れ果ててすぐに寝て仕舞うという有様なんです。

 書きたいことはあっても…ついつい延びてしまい、いざ書こうと思ったときにはもう忘れていたりして…。(笑) でも、ブログを更新もしていないのに読んで下さっている方もおられ、アリガタ~イと…心から感謝、感謝です!

 ところで、今日は5日に行った下関のことをちょっと書き残しておきたいので、それについて書きましょうか。これは、私にとっては初体験のことでしたから。

 実は下関市長府にある市立美術館で、写真家の野村佐紀子さんと芥川賞作家、田中慎弥さんによる対談イベントが開かれたのです。

写真家、作家 同郷対談 下関市立美術館 特別展関連イベント 野村 ...

 田中慎弥さんは芥川賞授賞式での記者会見の発言が話題を呼び、名前ぐらいは知っていましたが、作品は読んだことがありません。野村佐紀子さんについては写真家というだけで全くの無知。ですが、友人の知り合いということで出席することにしたんです。また、お二人とも山口県・下関市出身ということでも。

 同館で2月11日(金・祝)~3月27日(日)まで開催中の、佐紀子さんの特別展「海」(毎日新聞社など主催)の関連イベントの一つとして、この同郷対談が企画されたのです。事前申し込み、多数の場合は抽選で40名。その抽選に当ったというので友人からの誘いがあり、娘と出掛けました。

 田中さんは、ご存じのように2012年に「共喰い」で芥川賞を受賞。特別展「海」の図録集も兼ねて刊行された野村さんの写真集「海 1967 2022 下関 東京」(リトルモア)には、田中さんの書き下ろしの短編小説も収録されています。

写真家・野村佐紀子が個展「海」を開催。故郷にある下関市立 ...

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 対談イベントでは、特別展にちなんで海の受け取り方などについて語り合い、また、野村さんは田中さんに短編小説を書いてもらうために、出身地の同市綾羅木などの写真50枚を田中さんに渡したという。それで写真を見て小説を書くのが初めてという田中さんは「野村さんの写真を意識し過ぎて、最初に書いた原稿用紙4枚から5枚は捨てた」と話し、「野村さんの写真と対峙(たいじ)しながら距離を取って小説を書いた」と執筆当時の思いを打ち明けておられました。

 丸い黒縁めがねがトレードマークの、〝アラーキー〟こと荒木 経惟【あらき のぶよし、1940年(昭和15年)生まれ】さんの唯一の弟子だと聞いていましたし、彼女の代名詞ともいわれるのが男性ヌード。私には写真の世界というだけで異次元の世界なのに、その対象がこれでは…という、戸惑いがありました。アラーキーの写真もテレビで観たことがありますが、余り好きではありませんでしたし…。

 だから、今話題の人気作家?の田中慎弥さんとどんな対談をするのだろうという一種の野次馬根性。分野が全く違っても〝芸術〟という部分ではどういう接点が生まれるのかを知りたいと思いました。…が、自分の未熟さ故に充分なものを得ることはできませんでした。なんだか身に合わない高級料理を食べに行って、それが消化出来ずに胃もたれになったような感じ…自分ながら情けない!

 しかしまあ、こういう経験も人生には必要かも。何にしても十分理解しうるにはそれなりの努力と時間が必要であるのは当然のこと。だから私のような門外漢に写真の良し悪しなど分るはずもないのですが、ただここに展示されていた作品群は、野村さんの30年以上前から撮りためてきた代表作ばかりの151点の写真だと…

 タイトルの〝海〟には、〝静かだけれども激しい、繊細でありながら力強い〟という野村さんの写真に潜むアンビバレントな魅力に通じているというW学芸員の話。ナルホド…確かにそういうものを私も少しは感じ取ることが出来たような。でも、一番私が心に感じたのは、〝待つ〟という膨大な時間のことでした。これらの写真にはこの瞬間を切り取るために、表には出ていない数限りない写真が眠っているのだと。その見えないものが背景にあってこその世界なのだと。だからこの一枚のために費やされたはずの無限の時の力を感じずにはいられなかったんだと…思うのです。

写真家・野村佐紀子が故郷の下関で初の大規模な個展「海」を開催 ...

 また、野村さんはこうも言っています。〝写真を撮るときに、意図を込めるのではなくそこにあるものを切り取るからこそ写真に意味がある〟と。商業化され見栄え良く手を加えて作られた作品とは全く違うところに、野村さんの立ち位置があるのだということが何となく分りました。

 いろいろ思うことがあっても、私に能が無くて上手く言葉に表すことができません。悔しいけど…

 この写真集のために書き下ろされた田中さんの短編小説「海風」が、写真集の最後に収録されていますが…はい、読みました。が、どういったらいいのでしょう。俳句でいえば可も無く不可も無く…という感じ。テーマは分りましたが…今一つ肉薄感のない既成概念的なものかな…彼のあの個性的な発言から想像していましたのでちょっと残念…ゴメンナサイ!

 野村佐紀子さんが言うには、自分の作品はメッセージを込めて撮ったのではなく、〝向こう(被写体)に流れている時間とこちら(作者)の時間がちょっと合うタイミングみたいな、その瞬間〟を撮ったということのようです。だから、私の作品にはメッセージ性は込めていないのだから、例えば抽象画の作家にこれは何ですかと聞くようなもので、解説は出来ないとも。結局それを鑑賞する受け手側がどう読むかということに全て係っているのだということのようでした。だとすれば…私の感じたままで鑑賞すればいいということで…それでいいんですよね。安心しました。

コメント (4)
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