あれだけ愚図ついていたお天気が、今日も快晴です。昨日は5月3日、はい、そうです…国民の祝日の一つ、「憲法記念日」。今人気の朝ドラ〝虎に翼〟の舞台は昭和10年過ぎの…即ち「大日本帝国憲法」がまだ幅を効かせていた頃ですよね。敗戦後、現行の「日本国憲法」が昭和22年のこの日に施行されて、それを記念して設けられた祝日なんですよ。
憲法記念日何はあれけふうららなり 林 翔
昨日はまさにこんな一日でした。このゴールデンウィークはどこもお天気がいいようですから、行楽地などは人出の多いことでしょう。例に漏れず我が恒例の吟行会も昨日出かけました。行先は先ず防府市の佐波川上流の〝こいながし〟です。
山口県下有数の河川「佐波川」の広い川幅を利用し、鯉のぼりを水中で泳がすアイデアから生まれた「こいながし」。防府市小野小学校地区では、毎年ゴールデンウィーク中に約120匹のこいのぼりが川の中を泳ぎます。水中を色鮮やかに悠々と泳ぐたくさんの鯉のぼりと周辺に連なる山々の緑が相まった美しい風景を見に、今年も市内外から多くの見物客が訪れていました。
この日が初日でしたので、まだ全部が完成していなくて、その〝こいながし〟を作っているところを見ることが出来ました。ラッキー!
実は、私や主人は昨年のゴールデンウイークにもお婆ちゃんを連れて、この〝こいながし〟を見に来ていたんですよ。去年は4日でしたので、同じく佐波川の下流では鯉のぼりを空に掛け渡して泳がせる〝こいわたし〟もやっていました。お婆ちゃんはまだまだ元気で、昼食の海老フライが美味しいと食べていましたからね…歳のことを考えれば欲張りな事かも知れませんが、でも何だかはかないです。
この写真は去年のものです。〝こいわたし〟はお借りしました。スミマセン!
さて、吟行ですが、この〝こいながし〟を見た後は〝岸見の石風呂〟へ。最後は近くにある〝久兼の棚田〟を見学して、防府駅の方へ戻り、その傍のルルサスで食事と句会です。
久兼の棚田の中ほどには埴山神社があって、境内の石燈篭に安政5年と彫られています。神社周辺は一面の棚田で、神社では今も春・夏・秋と3回祭礼が行われているそうです。棚田の写真はお借りしました。スミマセン!
久し振りの吟行日和、ちょっと暑いぐらいでしたが見るべきものもたくさん有り、句材にも事欠かない楽しい吟行でした。でも、家に戻ると…どっと疲れがでて、やっぱり歳ですかね!
ところで、今年になって奥様の具合が悪くこの吟行会をずっと欠席されていたN先生が久し振りに出てこられて、さすがはといういい話も聞けたんです。句会に出た句に対して、私が〝この言葉がないとこの句もいいのに…〟という句評をすると、先生が突然…〝お昼に出たデザート、アイスクリームに小豆が乗っていたもの。あれに更に黄粉が掛かっていましたが、皆さんどう思われましたか?〟と。みんなが口々に〝あれは余分よね〟とか〝全く必要ないし、却って邪魔…ない方がすっきりして美味しいのに!〟と言う。その中で一人だけそう思わない人がいて、〝ぼくは美味しかった!〟と。
アイスクリームだけでも美味しいのに、お店の人のサービス精神で小豆をトッピングするところまでは許すけど…と。そう、これは俳句に通じるという話だったんです。そして、その句を詠んだのが、黄粉が邪魔だと思わないと言ったSさんで、もう拍手喝采ですよ。それからは〝これも黄粉よ…〟という句評が頻りに使われ、笑いの絶えない句会になりました。更に〈鯉ながし観る人垣や股間にブル〉という句も出ていて、〝この鯉ながしはまだ季語にはならないからこの句は無季ですよ。どなたの句?〟と言うと、なんとN先生でした。〝じゃこの股間にブルとは何ですか?〟と聞くと、〝鯉ながしを橋の上から眺めている人が、股間にブルドッグをはさんでて…〟と。すると〝橋から見下ろしていて…高所恐怖症でブルブル震えたというのかと…〟と言う人もいたりして…ナントも愉快な句会でしたよ。
N先生は結社は違うのですが私よりも句歴は大先輩、宇部市の俳句大会で共に選者をしています。ご一緒に吟行するようになっていろいろと教えていただき、有り難いことです。ちなみに、なぜこんな句を出したんですかと聞くと〝鯉ながしを季語として認めて貰おうと…〟ですって。だったらもっと感動する句を詠まなくちゃ、これでは到底ムリですよ!と言うと、真顔で〝ダメかな…〟ですって。何歳になってもそのチャレンジ精神は見習いたいものですね。ウラヤマシイ!
今日も桜紀行の続きが書けませんでした。時期がズレてしまうと…やはり気が抜けますね。俳句と同じかな。要するに〝当季雑詠〟ということかも。では、それはまた…ねッ!
鯉か
広島カ-プだな
いや東洋、広島東洋カープだったか、いや広島市が買い取ったか
朝日新聞の天声人語にも書いてあったが、鯉のぼりが見かけられなくなったと
そう言えば少なくなってきた。各家庭でなく、集団で最近では揚げるんだな
まあ国旗でなく鯉だから平和で良いがの
いつしか神田川のほとりを歩いていたら老人が話しかけてきた
下駄を神田川に落としたと
それを拾ったのかな、拾って履いたのはコイかフナかと
小生は首をひねったが、フナだと
コイ(恋)は儚い(はなないと
<この鯉ながしはまだ季語にはならないから>
そうか、季語とは歳時記に載っていない、世に認められないからか、広辞苑の編纂も言葉が変わるとか
季語とは固有なのか
いつしか芭蕉も季語の一つでも残したいとか語っていたがとか
ポン銀の秩父の金子兜太は自由をモット-としたが、俺もその考えだな
<敗戦後、現行の「日本国憲法」が昭和22年のこの日に施行されて>
そうだな
いつしか小生も記載したが、公布は1946年11月3日
この日は日曜日なんだな
当時の関係者は日程を色々考えたとか、当初紀元節2月11日に公布しようとしたが間に合わなかった
そして明治節の11月3日に公布した
祝日とは国家にとって重要なんだな
どうでもいい祝日は月曜日、ブル-マンデイにして重要な日は動かさないな
まあ日程については進駐軍、解放軍との間で色々な攻防があったとか
今は…いや今年もダメみたい!まあ、勝ったり負けたりと五分五分でいければいいとこかも。
ところで、季語も少しずつ…非常に緩い流れですけど変化していますよ。
要するにそれを使った名句でも出れば、次からはそれを使う人が増えていき、季語として認められて来るんです。
中村草田男の「万緑」がそれです。反対に誰も詠まなくなった季語がいづれ消滅していくのも当り前でしょうか。