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日曜日は11時前に空港に着き、従妹に迎えに来てもらい両親の入っている老人ホームへ。写真は羽田でゲットしたお弁当。恵比寿の人気日本料理店「賛否両論」監修のお弁当。凝った中身で美味しかった。ホームでは父が玄関で迎えてくれ、一緒に4階の食堂に直行。両親はホームの食事、あたしたちはこのお弁当、で4人で食べましょうってことにしてあった。
ところが、母の様子がおかしい。表情がない。2日前から車椅子に座っている時に後ろに仰け反りそうになってしまう、震えも少しある、食欲も極端に落ちていて自分では食べられなくなっている、一度口に入れたものを喉に詰まらせタッピングしてもらってことなきを得たということがあった、と聞かされた。月曜日の午後病院に連れて行ってもらえるとのこと。
お昼は車椅子に座った状態で、目を閉じて呼びかけにも答えず半分寝てるみたいだった。従妹が耳元で話しかけたら「食事はしたいけど眠い」と。じゃあ、お味噌汁だけでも飲みましょうということにして、お椀を持ってもらいその手、を誘導して口に含ませる、飲み込んだことを確認する、という従妹の食事のお世話の技を「ほえ〜」と見とれてた。ご飯やおかずはなんだかお気に召さないようだったので、「じゃあ今はこのくらいにしましょうか」と職員の方に伝えると「それでは、おトイレを済ませてお部屋にお連れします」。
父と従妹と3人で一足先に部屋に戻りおしゃべり。車椅子生活になった母のために、父と母は寝室を別々にしていた。父は部屋に着くなり「これを食べよう」といろんなものを繰り出してくる(苦笑)。近所のスーパーにお買い物するしか楽しみがなくなっているとはいえ、今ご飯食べたばかりなんですけど〜、なんていいながらみかんをいただいた。一瞬いなくなったと思たら、今度はりんごの箱を抱えて現れ「これはお歳暮にもらったんだけど、うちでは食べられないから持って帰って欲しい」という。「わぁ〜い、あたしたちで山分けだね〜」と全部いただいた。
それに気を良くした父が「これも頂き物でね、処分に困ってるんだ」とおしるこ4箱、ミニ羊羹の箱詰めなどを持って再登場。こうなるともう笑うしかない。「花園万頭のおしるこなんて初めてだ〜、これは2個ずつね〜」とか、「虎屋だよ、虎屋!猫族としては持ち帰らないわけにいかないね、じゃぁあたし1種類1個ずつ3個、あとはK美(従妹)ちゃんね〜。お正月に使えるかもよ」と、在庫品一掃状態。私たちってハイエナ?みたいな状態。今まで1人で来てる時は、「重いから」「うちも食事制限があるから」と難癖つけてほとんどお断りしてきたけど、私がいただけば従妹に持ち帰ってもらえるのでありがたく頂戴した。父は本当に嬉しそうだった。今までもそうしてあげればよかった、とちょっと後悔。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/56/73/c033df0a9dbcc14bbe551b6bd2bead01.jpg)
そうこうしているうちに、職員さんに車椅子を押されて母が部屋に戻ってきた。母は若いころからもみじ饅頭が大好きだったので、広島に住んでる従妹に「ちょっと買ってきて欲しい」とお願いしておいた。昼食は実質お味噌汁しか口にしてなかったので、なんでもいいから食べて欲しくって、ダメ元で「もみじ饅頭はいかが?」と勧めてみた。なんと「頂く」と応じたのみならず、自分で口に運んでくれた。これには3人でびっくり。一つペロリと食べちゃたので、「もう一ついかが?」と半分冗談で聞いたら「欲しい」と、そして自分で包装を開けて口に運んだ。もう驚くしかない。
そしてもみじ饅頭を1個平らげたあたりから表情も出てきて、会話もできるようになり、2個目を食べ終わったらリハビリでは足をこうやってあげるのよ、と数字を数えて足を動かし始めた。糖分のなせる技?味覚が記憶を呼び起こしたから?狐につままれたような気持ちだった。そうやって20分くらい元気だった後は眠くなったようで、お昼寝に突入、職員さんを呼んで寝室で寝かしつけてもらった。
父はこないだ会った時より元気そうで、看病疲れというか母の入院中毎日病院に通ってたまった疲れから回復したようだった。相変わらず月2回入居者の方々と懐メロを歌う会で活動しているらしく、ある程度社交的というのが老人ホームに適応しやすい性格なんだろうな〜、父はそういう人でよかったな〜、と思った。
そうそう社交的といえば、従妹とあたし、98歳のじ〜さまにナンパされました(爆)。4階の食堂で4人で食事をしているとき、食事が終わった方から徐々に自室に戻られる入居者のなかに、わざわざあたしたちのテーブルまでやってきたじ〜さまが「あなたはいつ入られたの?」と聞いてこられた。深く考えず「あたしたち、娘と姪です」と答えたら、「あぁ、そうなのか、それで2人だけ食事が違ったのね」と。その方が行ってしまわれてから「あの方は98歳だよ」と父から教わった。その時には「そうなの、かくしゃくとしてらっしゃるからそんなお年には見えなかったわ」なんていう話で終わった。
帰りの車の中は女子会状態で、そのやりとりで大盛り上がり。「あたしたちさ、98歳のじ〜さまにナンパされちゃったね〜」「向こうのテーブルからず〜っとこっちチェックしてたもんね〜」「しかし、あたしら要介護に見えるかぁ〜?」「チェック甘いよね〜」みたいな大騒ぎ。後は両親と義母を見送った従妹に「どうして義理の親にはかなり優しくできるのに、自分の親には優しくなれないんだろう」という、私にとっての重大問題をぶつけてみた。それが原因で帰省すると帰りの飛行機で吐きそうになったり、うちに帰って熱が出たりする。そこからは結構真剣トーク。
こういう話ができる相手がいて、その人がこういう話をするために時間を作ってくれて、本当にありがたいこと。来年1月に広島で仕事があるので、その時には一緒にご飯食べようね〜と別れた。
ところが、母の様子がおかしい。表情がない。2日前から車椅子に座っている時に後ろに仰け反りそうになってしまう、震えも少しある、食欲も極端に落ちていて自分では食べられなくなっている、一度口に入れたものを喉に詰まらせタッピングしてもらってことなきを得たということがあった、と聞かされた。月曜日の午後病院に連れて行ってもらえるとのこと。
お昼は車椅子に座った状態で、目を閉じて呼びかけにも答えず半分寝てるみたいだった。従妹が耳元で話しかけたら「食事はしたいけど眠い」と。じゃあ、お味噌汁だけでも飲みましょうということにして、お椀を持ってもらいその手、を誘導して口に含ませる、飲み込んだことを確認する、という従妹の食事のお世話の技を「ほえ〜」と見とれてた。ご飯やおかずはなんだかお気に召さないようだったので、「じゃあ今はこのくらいにしましょうか」と職員の方に伝えると「それでは、おトイレを済ませてお部屋にお連れします」。
父と従妹と3人で一足先に部屋に戻りおしゃべり。車椅子生活になった母のために、父と母は寝室を別々にしていた。父は部屋に着くなり「これを食べよう」といろんなものを繰り出してくる(苦笑)。近所のスーパーにお買い物するしか楽しみがなくなっているとはいえ、今ご飯食べたばかりなんですけど〜、なんていいながらみかんをいただいた。一瞬いなくなったと思たら、今度はりんごの箱を抱えて現れ「これはお歳暮にもらったんだけど、うちでは食べられないから持って帰って欲しい」という。「わぁ〜い、あたしたちで山分けだね〜」と全部いただいた。
それに気を良くした父が「これも頂き物でね、処分に困ってるんだ」とおしるこ4箱、ミニ羊羹の箱詰めなどを持って再登場。こうなるともう笑うしかない。「花園万頭のおしるこなんて初めてだ〜、これは2個ずつね〜」とか、「虎屋だよ、虎屋!猫族としては持ち帰らないわけにいかないね、じゃぁあたし1種類1個ずつ3個、あとはK美(従妹)ちゃんね〜。お正月に使えるかもよ」と、在庫品一掃状態。私たちってハイエナ?みたいな状態。今まで1人で来てる時は、「重いから」「うちも食事制限があるから」と難癖つけてほとんどお断りしてきたけど、私がいただけば従妹に持ち帰ってもらえるのでありがたく頂戴した。父は本当に嬉しそうだった。今までもそうしてあげればよかった、とちょっと後悔。
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あたしが持ち帰ってきた品々、海軍さんのカレーとのど飴は従妹から
そうこうしているうちに、職員さんに車椅子を押されて母が部屋に戻ってきた。母は若いころからもみじ饅頭が大好きだったので、広島に住んでる従妹に「ちょっと買ってきて欲しい」とお願いしておいた。昼食は実質お味噌汁しか口にしてなかったので、なんでもいいから食べて欲しくって、ダメ元で「もみじ饅頭はいかが?」と勧めてみた。なんと「頂く」と応じたのみならず、自分で口に運んでくれた。これには3人でびっくり。一つペロリと食べちゃたので、「もう一ついかが?」と半分冗談で聞いたら「欲しい」と、そして自分で包装を開けて口に運んだ。もう驚くしかない。
そしてもみじ饅頭を1個平らげたあたりから表情も出てきて、会話もできるようになり、2個目を食べ終わったらリハビリでは足をこうやってあげるのよ、と数字を数えて足を動かし始めた。糖分のなせる技?味覚が記憶を呼び起こしたから?狐につままれたような気持ちだった。そうやって20分くらい元気だった後は眠くなったようで、お昼寝に突入、職員さんを呼んで寝室で寝かしつけてもらった。
父はこないだ会った時より元気そうで、看病疲れというか母の入院中毎日病院に通ってたまった疲れから回復したようだった。相変わらず月2回入居者の方々と懐メロを歌う会で活動しているらしく、ある程度社交的というのが老人ホームに適応しやすい性格なんだろうな〜、父はそういう人でよかったな〜、と思った。
そうそう社交的といえば、従妹とあたし、98歳のじ〜さまにナンパされました(爆)。4階の食堂で4人で食事をしているとき、食事が終わった方から徐々に自室に戻られる入居者のなかに、わざわざあたしたちのテーブルまでやってきたじ〜さまが「あなたはいつ入られたの?」と聞いてこられた。深く考えず「あたしたち、娘と姪です」と答えたら、「あぁ、そうなのか、それで2人だけ食事が違ったのね」と。その方が行ってしまわれてから「あの方は98歳だよ」と父から教わった。その時には「そうなの、かくしゃくとしてらっしゃるからそんなお年には見えなかったわ」なんていう話で終わった。
帰りの車の中は女子会状態で、そのやりとりで大盛り上がり。「あたしたちさ、98歳のじ〜さまにナンパされちゃったね〜」「向こうのテーブルからず〜っとこっちチェックしてたもんね〜」「しかし、あたしら要介護に見えるかぁ〜?」「チェック甘いよね〜」みたいな大騒ぎ。後は両親と義母を見送った従妹に「どうして義理の親にはかなり優しくできるのに、自分の親には優しくなれないんだろう」という、私にとっての重大問題をぶつけてみた。それが原因で帰省すると帰りの飛行機で吐きそうになったり、うちに帰って熱が出たりする。そこからは結構真剣トーク。
こういう話ができる相手がいて、その人がこういう話をするために時間を作ってくれて、本当にありがたいこと。来年1月に広島で仕事があるので、その時には一緒にご飯食べようね〜と別れた。
あ。。こんな時間にコメント書いて 携帯に連絡入るかしら? ごめんなさい。
ご両親のお見舞いに行かれたのですね?
とても喜んで下さってるのが 見えるようですよ。従姉妹さんがおまけに介護に長けた従姉妹さんが居てくださって 。
せっかく治りかけた 喉、悲鳴をあげたでしょうねぇ(笑)
雰囲気がホント女子会です。
施設も良さそう。
介護を深刻にしたってしょうがないもんね。
食べて笑って寝んねして。
一杯おしゃべりしたい時に喉が・・。
それだけは残念でしたね。
私も、同じように仲良くしている従姉がいて、相談したり、愚痴ったりしている従姉がいます。
近しい方が亡くなるのを経験すると、ご縁を引き継ぐ「人」も財産かなあと感じるこの頃です。
それにしても、とらやの羊羹良いなあ~。
頂いてくるのも親孝行ですよね。
父は仕事で転勤を繰り返した後、
一旦退職して東京で子会社に勤めてましたが
完全退職した後は父方の郷里の山口県の瀬戸内側に住んでいます。
呉にいったお土産で海軍カレーをもらいました。
瀬戸内海沿岸って、本当にいいところですよね。
http://blog.goo.ne.jp/kebaneco/e/ddf4728d9ba710925fe8d20f0069c630
喉の問題は伝えてあったのですが、
「ドスが効いてて説得力が増した」とかからかわれました(笑)
物事を必要以上に悲劇にしない才能、いただきです。
施設のみなさんも親切で、呼べばすぐ来てくれるし
細かいことに気を使ってもらって本当に助かります。
連絡窓口は弟夫婦にしてあるのですが、
義妹はあたしが知っておくべきことだけを選別して知らせてくれるし、
チームワーク、すごくうまくいっていると思います。
ほんと、あたしは周りに恵まれてると感謝です
いいですよねぇ、血縁だけど身内すぎないから。
おっしゃるとおり、両親同士が仲が良かったし
小さい頃お互いのうちに泊まり込みで遊びに行っていたからこその人間関係です。
財産として受け継いでるなぁと実感します。
虎屋の羊羹、いいですよね、あたし大好き。
でも、お正月はそれでなくても太っちゃうので、
ちょうど茶筅を送ろうと思っていた義母に、羊羹も一緒に送ります。