33真理はひとつであるが ― キリスト教と仏教
ベタニアで会った人々
2年前の冬、西大門にある屋根裏部屋でベタニア学園が開かれている時だった。私は講演の依頼を受け、その席に参席したことがあった。そこに集まった人達は大概が牧師の夫人であると言っていた。だが、私は講演をしながら、おかしな錯覚にとらわれ内々に頭をかしげていた。何人かの聴衆の中の5,6人がどこかで会ったことがある顔だったからだ。どこかで絶対会った事がある人たちなのようだが。それがどこだったのか、知る由もなかった。私が主管していた法会だったのか、でなければ、出家以前に同じ町内に住んでいた方たちだったのか、どこかで見た顔のようだがどうしても記憶の糸が解けなかった。
だが、私は帰ってくる車の中でふと、その顔の正体を思い出したのだ。その顔は実際にどこかで会ったのではなかった。その人たちの内面的な信仰生活が外ににじみ出てきているから、以前に知っていた人として錯覚したのだった。もしかしたら、前世で隣に住んでいた親戚だったかもしれないが。
人同士が親しくなれるということは、外側に現れる表面よりも透明な霊魂によってであるということがわかった。この時の縁で私たちは後日また会うことになった。一度会った人は二度会うことになるものだ。
去年の秋、私は雲水行脚であちこち巡りながら、ある日、日の暮れる頃ソクリ山に立ち寄った。客室で行脚の装束を解いて小川に出てほこりをはらっていたら、
「法頂僧様ではありませんか?」
と言う声が聞こえた。振り返って見ると、あの時ベタニアで会ったお母さんたちだった。意外な所で会って、とてもうれしかった。いつだったか赤い線を引きながら読んだマックスミラーの文章が思い出された。
「四方が暗くなった時、心の深いところで一人であることを感じる時、そして人々が右に左にと通り過ぎて行きながらも誰であるかわからない時に、忘れていた感情が私たちの中から湧き上がってくる。私たちはそれがなんであるかわからない。それは愛でもなく友情はもっとないからだ。冷たく私たちの傍を過ぎていく人たちに「私を知っていますか?」と聞きたい。そうした時、人と人の間は、兄弟の間よりも、親子の間よりも、友達の間よりももっと近く感じるようになる。」
この時、他人は決して無縁な存在ではなく、最も近い自分の分身であることを知ることができる。それでも私たちは互いに何の言葉もなくすれ違ってしまうのだ。
今日も長いので1部です
ベタニアで会った人々
2年前の冬、西大門にある屋根裏部屋でベタニア学園が開かれている時だった。私は講演の依頼を受け、その席に参席したことがあった。そこに集まった人達は大概が牧師の夫人であると言っていた。だが、私は講演をしながら、おかしな錯覚にとらわれ内々に頭をかしげていた。何人かの聴衆の中の5,6人がどこかで会ったことがある顔だったからだ。どこかで絶対会った事がある人たちなのようだが。それがどこだったのか、知る由もなかった。私が主管していた法会だったのか、でなければ、出家以前に同じ町内に住んでいた方たちだったのか、どこかで見た顔のようだがどうしても記憶の糸が解けなかった。
だが、私は帰ってくる車の中でふと、その顔の正体を思い出したのだ。その顔は実際にどこかで会ったのではなかった。その人たちの内面的な信仰生活が外ににじみ出てきているから、以前に知っていた人として錯覚したのだった。もしかしたら、前世で隣に住んでいた親戚だったかもしれないが。
人同士が親しくなれるということは、外側に現れる表面よりも透明な霊魂によってであるということがわかった。この時の縁で私たちは後日また会うことになった。一度会った人は二度会うことになるものだ。
去年の秋、私は雲水行脚であちこち巡りながら、ある日、日の暮れる頃ソクリ山に立ち寄った。客室で行脚の装束を解いて小川に出てほこりをはらっていたら、
「法頂僧様ではありませんか?」
と言う声が聞こえた。振り返って見ると、あの時ベタニアで会ったお母さんたちだった。意外な所で会って、とてもうれしかった。いつだったか赤い線を引きながら読んだマックスミラーの文章が思い出された。
「四方が暗くなった時、心の深いところで一人であることを感じる時、そして人々が右に左にと通り過ぎて行きながらも誰であるかわからない時に、忘れていた感情が私たちの中から湧き上がってくる。私たちはそれがなんであるかわからない。それは愛でもなく友情はもっとないからだ。冷たく私たちの傍を過ぎていく人たちに「私を知っていますか?」と聞きたい。そうした時、人と人の間は、兄弟の間よりも、親子の間よりも、友達の間よりももっと近く感じるようになる。」
この時、他人は決して無縁な存在ではなく、最も近い自分の分身であることを知ることができる。それでも私たちは互いに何の言葉もなくすれ違ってしまうのだ。
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