退屈しないように シニアの暮らし

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さて何をしようか

法頂 無所有より

2013-01-12 09:19:45 | 韓で遊ぶ
34 騒音紀行

今日、私たちの日々は一言で表現すると騒音だ。週刊誌、ラジオ、テレビなどのマスメディアは、現代人に画一的な俗物になれと盛んに煽ぎたてる。それだけでなく、私たちの口からも、言語に仮装した騒音が疲れることを知らずにポンポン打ち出てくる。無責任な言葉が勝手に氾濫しているのだ。
だから、私たちは本当の自分の言葉を持つことができずにいる。すべてが市場や戦場で通用するほどの生臭く殺伐とした言葉だけだ。盲目的で凡俗な追従はあっても自分の信念がないためだろうか。こうして現代人たちは互いが似ていく。動作だけでなく、思考までも凡俗に同化している。治める側から見ると本当に便利なことだ。適当な絵の具を溶いて置けば、どっと染まっていってもがく群れを見て快哉するのだ。
だから騒音に埋もれ、もがいている私たちは、接触の少なさからではなく、むしろその多さから人間的な虚脱に陥るのだ。季節が変わっても根を下ろすことができないまま、終わりのない彷徨をする。灰色の騒音に埋もれ生命の木の枝も萎れているのだ。
そんな大地に秋が来て乾いた風の音がざわめいた。耳元ではなくわき腹をかすめていくその音を聞いて、ふと、旅にでたいという、眠っていた病気がそっと首をもたげた。
その日のうちに出た。ソラボル。そうだ。新羅に行こう。仏国寺の復元工事現場をいつの頃からか見たいと思っていた。東大門高速バスターミナルから慶州行きに乗った。「元気でいろ。私は行くよ!騒音都市よ」第3漢江橋を抜けるなり、天井のスピーカーから音楽が流れてきた。旅の道に似合う音楽は、仲のよい旅の友だといえる。乾いた風の音のような役目をしてくれる。何気なく窓の外に向けた視線の焦点を合わせてくれたりするから、旅の疲れを洗うもいう。
しかし、しかし、それが、ずっと天井から降りてきて広がり続けていたら、それは仲のいい友ではなく耐えられない苦痛であった。その音楽と言うのも、皆同じようなハエの糞がべたべたくっついたような曲調のものだけ。北朝鮮から来た人でなくても、南朝鮮の曲調と歌詞はなぜあのようにあわれっぽく病的なのかと思う。まさに、自由大韓のその自由と言う光を、あのように脚色しなければならないのかと思った。誰がこんな音楽を聞いてじっと目を閉じていることができるのか。
絶えられず案内嬢に少し止めるように言ったが、それこそ馬耳東風だった。重ねて、要求すると「他の人たちがいいと思っているのに、何を言うのですか」と言いながらにらみつけた。横の席を見ると曲に合わせて足でリズムを取っている人もいた。私は我慢するしかなかった。修行者と言う、取るに足りない体面のために。
私の払ったお金で車が走っているのに、その場に私の意志は全く入り込めなかった。久しぶりに騒音の日常から清らかに静かに翼を広げて旅人になったのに、騒音は「カーステレオ」と言う機械装置を通して始終私を追跡してきているのだ。あぁ、騒音が文明だというならば私は未練なく静寂の未開の地に行く。
川沿いにいろいろに張られたスレートの屋根、山の裾野や小川とはどう見ても調和が取れていない、そのスレートの粗雑な覆いを見てふとこんな思いがした。大韓民国の流行歌をあるがままにそっくり吐き捨てて走っているこの高速バスが4輪の走る車両ではなく、ひとつの国家だったら?それは恐怖であり戦慄だった。車を運転していく運転手と車掌格である政府は国民の食性にはかまうことなく、自分たちの好きな曲だけを勢いよくまわしまくるのだ。自分たちの常識で客の良識を計るのだ。客の出す料金(税金)で走っていながら客の意志は全くわからないままなのだ。時にはとんちんかんな半裸体踊りを見せようと自分たちだけで相談してウォカーヒルのようなところに連れて行くかも知れない。つまらない想像だろうか。ソウルから慶州まで例の騒音のせいで私は旅の楽しみを、その身軽な翼を失ってしまったのだ。
1300ウォンの騒音で旅人の心身は共にふらふらした。ソラボルはどこへ行ったのか消えて、観光都市慶州が冷たく額にぶつかった。外部の騒音で自分の内心の声を聞けないことは、明らかに現代人の悲劇だ。たとえ行動半径が他の国にまで拡大されたとしても求心を失った行動はひとつの衝動に過ぎない。しかし、問題は騒音にあまりにも中毒になってしまってために、聴覚がほとんどマヒ状態だということだ。老若男女を問わず、騒音の櫃の前から離れることを知らない日常人たち。それが元で、馬鹿になって行くかもしれない賢い文明人たち。自分の言語と思考を奪われた日常の私たちは傲慢に流れる騒音の波に便乗してどこかへ知らないうちに流れて行っているのだ。今日、私たちがやり取りする対話もひとつの騒音である場合が多い。なぜなら、その騒音を媒介にして新しい騒音を準備しているから。
しかし、人間の言葉が騒音ならば、それによって光があせたならば、人間が悲しくなる。そんな人間の言葉はどこから出てこなければならないのか。それは沈黙からでてこなければならないのだ。沈黙を背景にしない言葉は騒音と変わりない。人間は沈黙の中でだけ事物を深く洞察することができ、また、自分の存在を自覚する。この時、やっと自分の言葉を持つようになり言葉に責任を感じる。
だから、透明な人同士は言葉がなくても楽しい。声を口の外に出さないだけ無数の言葉が沈黙の中に行き来する。言葉の多い隣人は疲労を同伴する。そんな隣人は貧弱な自分の有様を唇で覆おうとしているのだ。
そんな言葉は騒音から出てきて騒音に消えて行く。そして言葉数の少ない人の言葉は重さを持って私の霊魂の中に入ってくる。そして長い間留まる。だから、人間の言葉は沈黙から出てこなければならない。大祖、言葉がある以前に深い沈黙があったのだ。現代は本当に疲れる騒音の時代だ。カミュのメルソが今日に生きていたならば、もはや光のせいでなく騒音のせいで銃を撃つかもしれない。(現代文学1972,12)
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