戦争 金子光晴
千度も僕は考えこんだ。 一億とよばれる抵抗のなかで 「なにが戦争なのだろう?」
戦争とは、たえまなく血がながれでることだ。 そのながれでた血が、むなしく 地にすいこまれてしまうことだ。 僕のしらないあいだに、僕の血のつづきが。
敵も、味方もおなじように、 「かたなければ」と必死になることだ。 鉄びんや、橋のらんかんもつぶして 大砲や、軍艦に鋳直されることだ。
反省したり、味わったりするのは止めて 瓦を作るように型にはめて、人間を戦力としておくりだすことだ。 十九の子供も。五十の父親も。
十九の子供も 五十の父親も 一つの命令に服従して、 左をむき 右をむき 一つの標的にひき金をひく。
敵の父親や 敵の子どもについては 考える必要は毛頭ない。 それは、敵なのだから。
そして、戦争が考えるところによると、 戦争よりこの世にりっぱなことはないのだ。 戦争より健全な行動はなく、 軍隊よりあかるい生活はなく、 また戦死より名誉なことはない。 子供よ。まことにうれしいじゃないか。 互いにこの戦争に生まれあわせたことは。
十九の子供も 五十の父親も おなじおしきせをきて おなじ軍歌をうたって。
水内喜久雄編著 「おぼえておきたい日本の名詩100」より