油屋種吉の独り言

日記や随筆をのせます。

仲間はずれ。  (3)

2024-07-21 23:18:14 | 小説
 「おい、なにかい。いま、風呂かい」
 Mは目をつむり、怖さを我慢して、家の中
で、かみさんにものを言う調子で問いかけた。
 できるなら、歯を食いしばったり、へその
下あたりに心身の気力を集めたりして、気力
の充実を図りたかったかったが、突発的な病
があった。
 いちにいさん……と、Mは、こころの中で
秒数をかぞえ、返事を待った。
 ふと物音や水のしたたる音がやみ、続いて
ザザザッと水が落ちる音がした。
 どうやら浴槽内にいる者が外に出て来るよ
うだ。
 辺りの明るさがフェイドアウトし、次第に
暗くなってくる。
 辺りが真っ暗になった。
 「入ってるよ。じきに出るから、ちょっと
待ってて」
 どのみち、家の中ならそんな調子で、かみ
さんの返事がくるはずだった。
 だが、いくら待てども来ない。
 Mは闇の世界で、想像力を働かせるばかり
だった。
 しびれを切らし、Mは、両目をあけようと
した瞬間、目の前がもっとも黒いカーテンに
閉ざされたようになった。
 「ちょっとな。ふざけてないで。電気つけ
ろよ。これじゃ、何にも見えないやしないぜ。
おいおいいじわるするなよ」
 「…………」
 ザザザッ、ザン。
 大きすぎる観音開きの浴室の扉が、内側に
開かれた。
  浴室内のぬくもりのある湿り気に満ちた
空気がMの鼻やらのどに入り込んでくる。
 ぬるっとした肌触りを左手に感じ、Mは大
あわてで左腕をひっこめようとした。
 何者の体か。得体がしれない。
 相手の力が強くMの腕がぴくりともしない。
 つづいて、右腕も、同様の運命をたどった。
 「ひっ、たすけ……」
 最後まで言い終わらないうちに、Mの体が
ずるずると浴室内に引きずり込まれていく。
 Mはパンツの中に左手を入れ、ぽっこりふ
くらんだ腸のとび出し部分に、左手をあてが
いたいが仕方がない。
 Mは痛みに堪えられず、ぎゃっと叫んだ。
 浴室内がピシッと鳴った。
 Mの叫びが、浴室内にはびこっていたよこ
しまなものを驚かせ、その動きをフリーズさ
せたらしい。
 次第に、あたりが明るくなっていく。
 しかし依然として、へその下あたりが暗く
てずきずきする。
 弱みを突くかのように何かが群がり寄って
くる気配があった。
 腸を、もっともっと引っ張り出そうとする
感じが伝わって来て、Mは身震いした。
 「先祖さま、助けてくれ」
 Mは大声で叫んだ。
 おそらくは邪悪な者が最後の手段に打って
出ていた。
 「お父さん、これっ。腰に巻いて」
 耳もとでかみさんの声がした。
 サロンの製品のひとつ、低放射線を放つ石
の粉末を散らした黒の腰ベルト。
 Mはすっかりやせほそってしまったおのれ
の腰にそのベルトをぐるりと巻いた。
 「神の清らかな霊水を受けよ」
 スプレイ状の筒の先を指で押しながら、か
みさんが大声で言った。
 それが浴室内で木霊し、わんわん鳴った。
  
コメント
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