Kにとって、M男は弟のようなもの。
そう思い、Kは常日ごろ、関西人らしいぶっ
ちゃけた正直なもの言いをしたが、M男はそ
れが承服しがたいらしい。
しかたなく、Kは、とことん、店長に対す
ることばづかいでM男に接した。
「失礼ですが、今はおひとりで?」
「ああ、うん……」
とたんに、M男の視線があらぬ方を向いて
しまう。余計なことをと、M男は引いている
のである。
Kは、そんな相手の意向を無視してしゃべ
りつづける。
「家にはまだ嫁に行かずにいるかみさんの
妹がいますが、一度会いませんか」
率直きわまりないものいいに、M男は顔色
を変えた。
視線を宙にさまよわせたり、耳の中に左手
の指を入れたり、両脚をこきざみにゆすった
りした。
さすがのKも、自分の思案がとても荒いこ
とに気づき、話題を変えた。
「おとなりのライバル店さんの人気が気に
なりますね」
「ああ、中華だよね。がんばってやってる
みたい。でも、向こうさんはそれなりのやり
方でおやりなんだから」
「でも、お客さんを取られっぱなしじゃ、つ
まらんでしょう。うちでも何か特にこれといっ
た商品を開発しなくちゃなりませんね」
「ああ、ううん……、そう、そうね」
「でも、資金力がちがうし、長くやってる
しね」
「人気って、金の多寡で決まるものでも長
い短いで決まるもんでもないですし。小さく
たってキラリと光る商品ひとつで、お客さま
が戻って来るやもしれませんよ。何よりもお
客さまの気持ちを考えてメニュー作りを」
「……」
M男が押し黙ったので、Kはそれ以上のも
の言いをさけた。
Kは話を変えた。
じぶんの身の上話をしてみた。正直にあれ
これと話した。
しかし、M男は、うんとかすんと言う程度
の反応。あえて、M男みずからのことを、腹
を割ってまで話そうとはしない。
それから一か月くらい経ったろう。
Kの指の傷がふさがったころ、M男がKを
呼び、
「あの縁談話はもう二度としないことにし
てください」
と、きつい眼差しではっきり言った。
(他人の本心っていうのは、容易に理解し
がたいものなんだな)
Kはそう思った。
店のウエイターやウエイトレス、パートで
頼んでいる人たちに対しても、たとえば、
「香りの強い化粧はいかがでしょう」
細かすぎるくらいの注意を与えられたりし
たがいったん、潮が引くように来なくなった
客数は戻らなかった。
しばらくして、M男は店をやめた。
(床屋さんみたいなことなんだな。いった
ん身についた技というか、はさみや櫛を動か
してヘアスタイルを整えること。ハンバーグ
セットだってサラダだって。煮たり焼いたり。
味つけしてからそれらをみつくろい、皿にの
せる。たったそれだけのことなんだけど、そ
れでもって新しいことをやろうとする、急に
手が頭が動かなくなる。皿から箱に器が変わ
るだけ。弁当を作ることができない。他人の
ことを批判してるけれど、じぶんの仕事にも
通じるところがあるんじゃないか、A塾で理
科を五科目を教えるのが時代にかなってるの
に、おれは引いてしまったじゃないか)
Kは、M男を思い出すと、なつかさと共に
今でもじぶんが恥ずかしくなる。
短くとも、縁があったから、この広い世間
で出会えたのである。
「今までありがとうございました」
と、M男に、こころの中で告げた。
そう思い、Kは常日ごろ、関西人らしいぶっ
ちゃけた正直なもの言いをしたが、M男はそ
れが承服しがたいらしい。
しかたなく、Kは、とことん、店長に対す
ることばづかいでM男に接した。
「失礼ですが、今はおひとりで?」
「ああ、うん……」
とたんに、M男の視線があらぬ方を向いて
しまう。余計なことをと、M男は引いている
のである。
Kは、そんな相手の意向を無視してしゃべ
りつづける。
「家にはまだ嫁に行かずにいるかみさんの
妹がいますが、一度会いませんか」
率直きわまりないものいいに、M男は顔色
を変えた。
視線を宙にさまよわせたり、耳の中に左手
の指を入れたり、両脚をこきざみにゆすった
りした。
さすがのKも、自分の思案がとても荒いこ
とに気づき、話題を変えた。
「おとなりのライバル店さんの人気が気に
なりますね」
「ああ、中華だよね。がんばってやってる
みたい。でも、向こうさんはそれなりのやり
方でおやりなんだから」
「でも、お客さんを取られっぱなしじゃ、つ
まらんでしょう。うちでも何か特にこれといっ
た商品を開発しなくちゃなりませんね」
「ああ、ううん……、そう、そうね」
「でも、資金力がちがうし、長くやってる
しね」
「人気って、金の多寡で決まるものでも長
い短いで決まるもんでもないですし。小さく
たってキラリと光る商品ひとつで、お客さま
が戻って来るやもしれませんよ。何よりもお
客さまの気持ちを考えてメニュー作りを」
「……」
M男が押し黙ったので、Kはそれ以上のも
の言いをさけた。
Kは話を変えた。
じぶんの身の上話をしてみた。正直にあれ
これと話した。
しかし、M男は、うんとかすんと言う程度
の反応。あえて、M男みずからのことを、腹
を割ってまで話そうとはしない。
それから一か月くらい経ったろう。
Kの指の傷がふさがったころ、M男がKを
呼び、
「あの縁談話はもう二度としないことにし
てください」
と、きつい眼差しではっきり言った。
(他人の本心っていうのは、容易に理解し
がたいものなんだな)
Kはそう思った。
店のウエイターやウエイトレス、パートで
頼んでいる人たちに対しても、たとえば、
「香りの強い化粧はいかがでしょう」
細かすぎるくらいの注意を与えられたりし
たがいったん、潮が引くように来なくなった
客数は戻らなかった。
しばらくして、M男は店をやめた。
(床屋さんみたいなことなんだな。いった
ん身についた技というか、はさみや櫛を動か
してヘアスタイルを整えること。ハンバーグ
セットだってサラダだって。煮たり焼いたり。
味つけしてからそれらをみつくろい、皿にの
せる。たったそれだけのことなんだけど、そ
れでもって新しいことをやろうとする、急に
手が頭が動かなくなる。皿から箱に器が変わ
るだけ。弁当を作ることができない。他人の
ことを批判してるけれど、じぶんの仕事にも
通じるところがあるんじゃないか、A塾で理
科を五科目を教えるのが時代にかなってるの
に、おれは引いてしまったじゃないか)
Kは、M男を思い出すと、なつかさと共に
今でもじぶんが恥ずかしくなる。
短くとも、縁があったから、この広い世間
で出会えたのである。
「今までありがとうございました」
と、M男に、こころの中で告げた。