「怖くなんかないわよ」
ふいにメイはそう叫んだ。
やわらかなこころの表面を、よろいのよう
な言葉でおおってしまおうとした。
自分の軽はずみな言動で、本心をあらわし
てしまうのが急におそろしくなったのである。
「えっ、なに?それって、いったいどうい
うことなの?調子よく今さっきまで話してく
れていたじゃない」
男は戸惑う。
メイが何を考えているか、測りがたい。
このまま、笑顔で彼女に近づいてはまずい
と感じ、男は立ちどまった。
しきりに背後をふり返る。
林の向こうで、いくらか白煙がたなびいて
いる。
不時着した宇宙船が気になるのだろう。
「あなたのことなんてね。わたし、ほんと
に知らないんだから」
そう言って、メイはだしぬけにその場にしゃ
がみこんだ。
この二三日、腹がしくしくいたむ。
それがメイをよけいにいらいらさせた。
見つめれば見つめるほど、メイは相手の風
ぼうに、過去の記憶のかけらを認めてしまう。
このままだと男に対する好意で、メイのこ
ころがいっぱいになってしまう。
敵は強靭である。
メイの弱みをどのようにして突いて来るか
しれなかった。
今目の前に男だって、ほんとは敵のまわし
者かもしれなかった。
「もういいから。わたし忙しいの。どこの
どなたか知りませんが、どうぞわたしのこと
を放っておいてください」
メイはまるでいやいやするように、長いブ
ロンドの髪を振りみだした。
もう少しで涙ぐんでしまいそうになり、メ
イは両手で顔をおおった。
「わかったから。ほんと、ぼく、もう行く
よ。きみの調子のいい時に、また来ることに
するから」
メイは答えない。
黙ったまま、うんうんとかぶりを振った。
霜柱を踏みつけ、立ち去って行く男の足音
が、しばらく、メイの耳に響いた。
メイは、ものごころがつくまでの、自分の
半生をふりかえった。
親代わりになり、自分を育ててくれたモン
クおじさんとメリカおばさんに、なんていっ
て、お礼を言えばいいかわからない。
だが、彼らとて、本当の親ではない。
そのことを認めるのに、とても長い時間が
かかった。
学校に通いだして、それが次第にわかって
きた。
まわりの学友たちが、メイを避けだしたか
らである。
教室の片隅に集まり、ひそひそ話しこんだ。
「どこから来たのか知れない、もらいっ子
なんだってさ」
そんな声が、まわりに人がいないのに、メ
イの耳に聞こえてくるように思えた。
幻聴だった。
ノイローゼになる手前で、メイを救ったの
は、彼女の母親らしい銀色の宇宙服を女の人。
運動場の土手、木々の間で、メイが休んで
いる時だった。
(どうやら自分はこの星で生まれたのでは
ない。その証拠に地球の子らができないこと
を、自分はできる)
リスなどの小動物と話せたり、神隠しと信
じられ、もはや人々があきらめていた子ども
たちを、敵の手から取り戻したりした。
いろんな想いが、次々にメイの脳裡に浮か
んでは消える。
ようやく、メイは立ち上がった。
ふらつく足どりで歩きだす。
ふいに木の根っこにつまずき、転びそうに
なった。
どこにいたのか、さっきの男が、あっと叫
んで、右手を差し出したが、メイはその手を
払いのけた。
「まだいたんですか。そ、そばに来ないで。
近寄らないでください。どうか」
メイは顔を赤くして言った。
とっさに上げた右手が、男の左手に触れて
しまい、
「あっ、すみません。ごめんなさい」
男はにが笑いをうかべ、それ以上メイに近
づくのをやめた。
「ぼくは地球防衛軍の一員。とっても忙し
いんだけどね。それ以上にきみのことが気が
かりなんだ」
「気がかり?」
「そうさ」
メイは、はあと息を吐いてから、急いで身
に付けているものの乱れを直そうとした。
胸もとが大きくあいて、下に着ている赤い
セーターが丸見え。
メイは伏し目がちに、黒いジャンパーのジッ
パーを音立てて、最後までかませた。
腰のあたりにも目をやり、乱れはないにも
かかわらず、あちこち両手を動かした。
ピーと鳴く声が聞こえたかと思うと、ふい
に青い小鳥がメイの肩にとまった。
ふいにメイはそう叫んだ。
やわらかなこころの表面を、よろいのよう
な言葉でおおってしまおうとした。
自分の軽はずみな言動で、本心をあらわし
てしまうのが急におそろしくなったのである。
「えっ、なに?それって、いったいどうい
うことなの?調子よく今さっきまで話してく
れていたじゃない」
男は戸惑う。
メイが何を考えているか、測りがたい。
このまま、笑顔で彼女に近づいてはまずい
と感じ、男は立ちどまった。
しきりに背後をふり返る。
林の向こうで、いくらか白煙がたなびいて
いる。
不時着した宇宙船が気になるのだろう。
「あなたのことなんてね。わたし、ほんと
に知らないんだから」
そう言って、メイはだしぬけにその場にしゃ
がみこんだ。
この二三日、腹がしくしくいたむ。
それがメイをよけいにいらいらさせた。
見つめれば見つめるほど、メイは相手の風
ぼうに、過去の記憶のかけらを認めてしまう。
このままだと男に対する好意で、メイのこ
ころがいっぱいになってしまう。
敵は強靭である。
メイの弱みをどのようにして突いて来るか
しれなかった。
今目の前に男だって、ほんとは敵のまわし
者かもしれなかった。
「もういいから。わたし忙しいの。どこの
どなたか知りませんが、どうぞわたしのこと
を放っておいてください」
メイはまるでいやいやするように、長いブ
ロンドの髪を振りみだした。
もう少しで涙ぐんでしまいそうになり、メ
イは両手で顔をおおった。
「わかったから。ほんと、ぼく、もう行く
よ。きみの調子のいい時に、また来ることに
するから」
メイは答えない。
黙ったまま、うんうんとかぶりを振った。
霜柱を踏みつけ、立ち去って行く男の足音
が、しばらく、メイの耳に響いた。
メイは、ものごころがつくまでの、自分の
半生をふりかえった。
親代わりになり、自分を育ててくれたモン
クおじさんとメリカおばさんに、なんていっ
て、お礼を言えばいいかわからない。
だが、彼らとて、本当の親ではない。
そのことを認めるのに、とても長い時間が
かかった。
学校に通いだして、それが次第にわかって
きた。
まわりの学友たちが、メイを避けだしたか
らである。
教室の片隅に集まり、ひそひそ話しこんだ。
「どこから来たのか知れない、もらいっ子
なんだってさ」
そんな声が、まわりに人がいないのに、メ
イの耳に聞こえてくるように思えた。
幻聴だった。
ノイローゼになる手前で、メイを救ったの
は、彼女の母親らしい銀色の宇宙服を女の人。
運動場の土手、木々の間で、メイが休んで
いる時だった。
(どうやら自分はこの星で生まれたのでは
ない。その証拠に地球の子らができないこと
を、自分はできる)
リスなどの小動物と話せたり、神隠しと信
じられ、もはや人々があきらめていた子ども
たちを、敵の手から取り戻したりした。
いろんな想いが、次々にメイの脳裡に浮か
んでは消える。
ようやく、メイは立ち上がった。
ふらつく足どりで歩きだす。
ふいに木の根っこにつまずき、転びそうに
なった。
どこにいたのか、さっきの男が、あっと叫
んで、右手を差し出したが、メイはその手を
払いのけた。
「まだいたんですか。そ、そばに来ないで。
近寄らないでください。どうか」
メイは顔を赤くして言った。
とっさに上げた右手が、男の左手に触れて
しまい、
「あっ、すみません。ごめんなさい」
男はにが笑いをうかべ、それ以上メイに近
づくのをやめた。
「ぼくは地球防衛軍の一員。とっても忙し
いんだけどね。それ以上にきみのことが気が
かりなんだ」
「気がかり?」
「そうさ」
メイは、はあと息を吐いてから、急いで身
に付けているものの乱れを直そうとした。
胸もとが大きくあいて、下に着ている赤い
セーターが丸見え。
メイは伏し目がちに、黒いジャンパーのジッ
パーを音立てて、最後までかませた。
腰のあたりにも目をやり、乱れはないにも
かかわらず、あちこち両手を動かした。
ピーと鳴く声が聞こえたかと思うと、ふい
に青い小鳥がメイの肩にとまった。