辰濃和男著 岩波新書 P46より引用
ISBN4-00-430328-1 ¥620+税
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意欲ー胸からあふれるものを
二・二六事件で叛乱罪に問われた丹羽
誠忠(にうよしただ)中尉は、死を前に
して走り書きを残しました。
「死ぬる迄恋女房に惚れ候」
この文章が心に残るのは、思いを装っ
たところがないからです。あふれでる
ものを抑え、抑えてもなおあふれでよ
うとするものを形にすれば、こういう
簡潔な表現になるのでしょうか。
どうしても書いておきたいという熱い
思いがあるかどうか、それが問題です。(中略)
書きたいことを書くと言っても、胸に
たまっていたものをそのまま吐き出せ
ばいいというものではありません。胸
にたまっている混沌としたものが、し
だいにある形を整えてくる。書こうと
することによって、より明確な形をお
びてくる。あるいは書いているうちに
より明確な形をとる。それを待たねば
なりません。思いが整い、言葉が整っ
てくる、という過程が大事です。
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▼ある言葉が何時までも胸に残ってい
て、それがだんだん現実味を帯びてく
る。何時もは忘れているがふと、あの
言葉を何とかしたい、あの言葉を広げ
て見たいという願望がぐいぐいと押し
寄せてくる。何とかしろ、何とかしろ
と叫び出す。ある時より自然に解き放
たれた馬のように走りだす。そんなと
きに自分の体の外に転がり出る。後は
一気に駆け下りるだけだ。なんだかい
い文章ができる予感で胸がドキドキす
る。かなりの時間がかかる作業だ。