中山忠彦さん(74歳)
2009、10、30 朝日新聞 2面
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ナンバー2の事務事務局長時代、背景の
一つとして、審査の一部に傘下の団体や出身
地による「談合体質」があると指摘した。
その時、「理事長に慣れなくても、構わな
い」と言い切った覚悟で、体質改善に望む(中略)
19歳で日展初入選を果たし典雅(てんが)な
女性の肖像画で知られている。28歳の初夏
写生旅行の車中で「横顔を描きたい」と感じ
た女性に、無言で住所と名前だけを書いた
紙を渡した。最初は名前だけの、次には住所
も記した返事が届く。再会の場は、秋の日展
入選作を見てもらい、1年半後に結婚した。
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▼手元にある古い日展の資料を改めて繰って
見ると、平成四年度第二十四回日展図録<洋画>
に掲載されていました。「MADAMU YO
SHIE」中山忠彦(会)17年前の図録です。
↑記事には以来ほとんどの作品のモデルは妻の
良江さん。まさに「運命の人」でしょうか?
当時は四人掛けの座席でしたね、通路の向こ
うの席に良江さんはいたのでしようか?
私も若いころには美術グループでスケッチ旅行
に出かけたものです。当時は車もまだ少なく、
ほとんど国鉄を利用した旅でした。もっと語り
たいのですが紙面の都合でこのあたりで筆を
おきます。