4月25日は楠公さん(楠木正成)の誕生日である。彼は1294年の同日に河内国の土豪の子として生まれたと言われており、出生場所は現在の「道の駅千早赤阪」付近と伝承されている。無論、諸説あるようだが、とりあえず通説に従っておこう。地元民として異説は受け入れ難いのはご理解願えるかと。現場には記念碑や産湯の井戸等が残されており、毎年、「誕生記念祭」も実施されている。当地では主に①観心寺、②出生館跡、③建水分神社、の三ヶ所で実施の模様だ。今回は③の建水分神社(タケミクマリ神社)での祭礼をご紹介しようかと思う。同日は所要と天候不順とが重なり、参加は困難だった。画像は過去の物であることをお断りしておきたい。
誕生記念祭は午後の時間帯、従って午前中は②の記念祭に出席し、午後は③の記念祭に出席と掛け持ち参加の事例が多いようだ。地元には「楠公史跡保存会」という組織が作られており、約500名前後の方々が所属されてる模様。運営は保存会が中心となって実施されている。記念祭は、神職による神事から始まるのは何処も同じかと。続いて奉納行事として和太鼓や邦楽の奉納があり、お祝いとしての餅蒔きが実施される。大半の参加者は餅蒔きへの参加がお目当てかなと・・・・あくまでも推測。
神事は丘の上にある本殿で実施、参加は役員さんのみだ。従って一般参加者には内容を伺い知る術は無い。神事が終わったあと、境内の中にある南木神社(楠公さんが祭られてる)へも参拝し、一般参加者へも感謝して公式行事は終了となる。その後は奉納として和太鼓や邦楽が演奏され、しばし聞き入りながら楠公さんを偲んでいく。最後には待望の餅蒔きとなってくる。組まれた櫓の上から役員さんや神職によって餅がまかれ、競い合って拾い上げていく。中には記号が書かれた紙が入ってる物もあり、後刻、記念品と交換の楽しみもあるようだ。
子狸は撮影に専念するのが常なので、餅拾いには参加できないが、結構な迫力だ。餅への執念は凄まじいようで、鬼気迫る・・・・・と言えば少々オーバーかな。同じ餅であっても、自宅で作るものと神域でのそれとは趣が異なってる模様で、執着甚だしいにも無理は無いかと。餅はハレの日の食物、古来から神事の品として珍重されてきた歴史がある。歴史文化は現在も継承されているようで、参加者も神様からのお下がり・・・・・・との認識のようだ。持ち帰って家族で更なるお祝いを共有されるのだろう。
時期はシャクナゲの開花と重なっている。まさか開花を狙って誕生祭を組まれた訳でも無かろうが、見事なお祝いでもあるのかと。少し水気を帯びたシャクナゲの花は憂いを秘めたようで、楠公さんの壮烈な生涯に想いを寄せてるようにも見えるかと。