
昨年のことですが、宇治にある黄檗山萬福寺(まんぷくじ)が国宝に指定されたと聞きました。
この萬福寺には思い出があります。
確か、小学校の高学年の時ですが、夏休みの体験で、宿泊して座禅の体験をさせていただきました。
暑い夏で、座禅堂のようなところで、緊張して座っていたのを覚えています。
なぜか、私の前でお坊さんが立ち止まり、ピシャリと背中をたたかれました。
たたかれていない子供もいたのに、なぜたたかれたのか?不思議でした。
国宝に指定されたのは、建物のうちの、天王殿・大雄宝殿・法堂の三棟だそうです。
萬福寺は、江戸時代に中国からやってきた隠元さんというお坊さんが作った黄檗宗の寺院です。
他の仏教よりもかなり遅くに日本にやってきたとあって、京都でも黄檗宗の寺院は数少ないです。
しかし、隠元和尚は、インゲン、スイカ、ナス、タケノコなどの食材をはじめ、明朝体という書体や400字詰めの原稿用紙を伝えるなど、その後の日本の文化に大きな影響を与えたそうです。
そういえば、この近くの川に「隠元橋」という橋が架かっています。
門からして、中国風の建物です。。。
日本風の寺院とは一風変わった外観をしています。
他の禅宗の寺院と同じような山門がありました。
でも、屋根の上の飾りが変わっていました。
しゃちほこみたいです。
山門の前に池があるのも他の禅宗寺院とよく似ています。
山門を過ぎると「天王殿」という建物がありました。
ここでは、大きな布袋さんの像が迎えてくれました。
布袋さまは、弥勒菩薩の化身らしいです。
大きな姿で、出迎えてくれるみたいで、うれしく思いました。
建物が一直線に並ぶというのは、日本の禅宗寺院と同じですが、廊下のつくりや飾りが何となく中国風だなと感じました。
そして、「天王殿」をすぎると、萬福寺の本堂にあたる『大雄宝殿』へと続いています。
この本殿の奥に「法堂」がありました。
立派な建物が縦に並んでいて、次々と登場する感じに圧倒されました。
この建物は、創建当時と変わっていないというあたりが、国宝に指定された理由のようなことが書かれていました。
立派な建物が続いて、たくさん写真を撮っていたら、なかなか「法堂」までたどり着きませんでした。
また、小学校の時に座禅を組んだお堂はどこにあるのかも、わからずにうろうろしていました。
長くなりましたので、次回に続きをかきます。
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