禅は、生と死を分かたず、これを克服することを教える仏教。
ここから、今この一瞬に全存在をかけて生き抜く「一期一会」の思想が生まれ、茶道や能、庭、日本画、俳諧、武士道など、日本独自の文化が生まれ、形成されてきたのです。
俗説ですが、生涯不敗の剣聖、宮本武蔵を鍛え上げたとされる沢庵和尚の「不動智」は、死を超克する当時の武士にとって必須であったに違いありません。
現代に目を転ずると、武士はもう日本に存在しませんが、死と隣り合わせの職業といえば、まず宇宙飛行士が思い浮かびます。宇宙船打ち上げの瞬間、大気圏突入、船外活動、軌道修正時…。あらゆる時間、局面において彼らは“無”そのものである宇宙と対峙し、苦もなく死を引き受けているのです。
過日、日経新聞別紙にて、宇宙飛行士、野口聡一さんの談話が紹介されました。
「飛行士になり、死を真摯に考えた」
「日常生活でも訓練のように、いつも緊急対応を考える癖がついた」
「怖さの正体を見極め、リスクを最小限に抑えることが大切」
NASAやJAXAで、日本の禅がトレーニングに直接取り入れられているとは思えませんが、日々の過酷な訓練で、まさしく宇宙飛行士は禅的な超克を体得しているようです。
以下同記事の、野口さん談話をご紹介させていただきます。
宇宙はシビアな環境なので、危機管理がとても大切です。すべてのリスクをなくすのは無理なので、トラブルに応じた対応方針を事前に決めます。機械の故障でも即時修理の必要性など優先順位をつけて対応します。
重大トラブル時は明確で、まず飛行土の生命、次に国際宇宙ステーション(ISS)、実験です。どれかを放棄すべき局面でも迷いません。
もちろん、そんな局面はまずありません。初の船外活動では宇宙船に戻るハッチが一瞬、開かずに焦りました。しかし、退路が断たれる状況にならないよう対応が考え抜かれていたので、落ち着いて行動できました。
多重トラブルの訓練もします。「次に起きたら絶対嫌だな」という最悪のトラブルを、教官は必ず発生させてきます。日常生活でも訓練のように、いつも緊急対応を考える癖がついてしまいました。
危機管理とは、実はチームワークと表裏一体です。明確な対応方針のほかに、正しい状況判断が欠かせないからです。チームが機能すれば情報を素早く共有でき、多くの視点で状況判断できるのです。
スペースシャトルは70分の1の確率で事故が発生します。宇田航空研究開発機構(JAXA)
の飛行士になり、死を真摯に考えました。私にとって飛行士とは、そのリスクを引き受けるに値する役割との結論にたどり着きました。リスクは宇宙飛行だけでなく、生活すべてに存在するでしょう。危険があると怖くなりますが、怖さの正体を見極め、リスクを最小限に抑えることが大切だと思います。
(2014/2/1日経新聞「日経プラス1」知求見聞 野口 聡一氏)
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