麟祥院は徳川第三代将軍家光の乳母「春日局」の、追福のため碧翁(へきおう)和尚を
開山として建立された寺院です。 創建は寛永11年(1634)
寺院内にある御霊屋(おたまや)は、仙洞女御所にあった釣殿を後水尾天皇より
下賜されたものです。 御霊屋の中には、「春日局」の像が安置されていました。
実際の墓は、東京湯島に、同じ名の麟祥院が建立されて、墓はそちらにあり、
妙心寺内の塔頭の麟祥院は、墓が無く、祭っているので、御霊屋(おたまや)と
言われるとのことです。
方丈内にある友雪の描いた、方丈襖絵「雲龍図」は江戸時代初期の名作と言われます。
庭は、120坪位の広さで、築山がある枯山水の庭で、まだ雪が残っていました。
京の冬の旅で、特別公開中の寺院は、シニアのベテランのガイドが、説明してくださる
ので、寺の歴史などが、わかりやすいのが、魅力ですね。
公開されたのは、4年ぶりとのことでした。
看板
麟祥院の門
門からの前庭
玄関
玄関から見た前庭
友雪の描いた、方丈襖絵「雲龍図」は、江戸時代初期の名作と言われている。
(看板にあった写真)
玄関の窓から見た庭
庭
御霊屋(おたまや)は、仙洞女御所にあった釣殿を後水尾天皇より
下賜されたものです。御霊屋の中には、「春日局」の像が安置されていました。
御霊屋(おたまや)から見た庭
庭の説明を、シニアのガイドさんから、受けている。
本堂横の庭には、井戸があった!
開山として建立された寺院です。 創建は寛永11年(1634)
寺院内にある御霊屋(おたまや)は、仙洞女御所にあった釣殿を後水尾天皇より
下賜されたものです。 御霊屋の中には、「春日局」の像が安置されていました。
実際の墓は、東京湯島に、同じ名の麟祥院が建立されて、墓はそちらにあり、
妙心寺内の塔頭の麟祥院は、墓が無く、祭っているので、御霊屋(おたまや)と
言われるとのことです。
方丈内にある友雪の描いた、方丈襖絵「雲龍図」は江戸時代初期の名作と言われます。
庭は、120坪位の広さで、築山がある枯山水の庭で、まだ雪が残っていました。
京の冬の旅で、特別公開中の寺院は、シニアのベテランのガイドが、説明してくださる
ので、寺の歴史などが、わかりやすいのが、魅力ですね。
公開されたのは、4年ぶりとのことでした。
看板
麟祥院の門
門からの前庭
玄関
玄関から見た前庭
友雪の描いた、方丈襖絵「雲龍図」は、江戸時代初期の名作と言われている。
(看板にあった写真)
玄関の窓から見た庭
庭
御霊屋(おたまや)は、仙洞女御所にあった釣殿を後水尾天皇より
下賜されたものです。御霊屋の中には、「春日局」の像が安置されていました。
御霊屋(おたまや)から見た庭
庭の説明を、シニアのガイドさんから、受けている。
本堂横の庭には、井戸があった!
大変参考になる内容でした。
当寺の墓参りに定期的に来ています。
親族の墓が10基程度もあるのです。