鎌倉の隠者

日本画家、詩人、鎌倉の鬼門守護職、甲士三郎の隠者生活

339 春の歌学(2)

2024-03-07 12:57:00 | 日記

桜が咲くまでしばらくは引き続き歌学(うたまなび)の古書に浸っていようと思う。

歌学書はまた古の歌心を宿す高貴な言霊の書なのだ。


歌学の入門に最も定評のある書は明治末に書かれた佐々木信綱の「日本歌学史」だろう。

あの与謝野晶子が歌を志す者なら、これだけは読んでおくべきと言った名著だ。



(日本歌学史 改訂版 佐々木信綱)

歌学史の最初はやはり紀貫之の古今集仮名序からで、私も初学の頃にそれだけはちゃんと勉強した。

その後に紹介されている古歌学の書で中世の物は写本でも入手は難しいが、歌学が最も精緻になった江戸時代の木版本なら探せば入手できそうだ。

また昨今の古筆切の流出振りを考えると、中世物では本よりも直筆の軸や短冊の方が見つかる可能性は高い。

人の心に神聖さが宿っていた時代の遺物を、我が残生を賭けてじっくり探すのも楽しいだろう。

この佐々木信綱の本はそれらを集めるのに最適の教導の書となってくれる。


江戸時代の歌学は大まかに言えば賀茂真淵と香川景樹に二分される。

早速その2冊の原典を手に入れた。



(宇比麻奈備 賀茂真淵 新学異見 香川景樹 江戸時代)

この宇比麻奈備(ういまなび)などの賀茂真淵のいささか過激な万葉復古論は、和歌の分野と言うよりむしろ国家神道復興論の補強のために、この少し前に出た契沖の万葉集註釈を利用しただけな気がする。

肝心の真淵自身の歌に万葉調の良い歌があまり無いから説得力に欠けるのだ。

元々飛鳥奈良時代の言葉と平安以降の言葉にはかなり違いがあり、江戸時代の他の歌人達が万葉語が使いこなせる訳も無く、賀茂真淵の言う事は我田引水の虚論に思える。

それを普通の詞と典雅な調べと言う真っ当な和歌の道に戻したのが香川景樹の新学(にいまなび)異見だった。

江戸後期から明治にかけてはこの香川景樹の桂園派が圧倒的に優勢となった。


先週紹介した江戸後期の歌学を大成した香川景樹の歌集も見つけた。



(桂園一枝掌中版 江戸後期)

この小型の類題歌集は袂に入れて吟行に持って出られるように作られた、当時の大ベストセラーだ。

季題順に春から並んでいるので当季の歌がすぐ参照出来る。

千草の咲き出した春の野にこの小書を持って出るだけで、誰でも高雅な気分になれる。

こんな古の良書が家に居ながらネットで簡単に探せしかも安価で入手出来るなど、昭和の頃に足を棒にして古書店巡りしていた人々から見れば極楽に思えるだろう。


この所三寒四温の三寒の気温が異常に低く、早めに咲きそうだった桜が少し遅れそうだ。

この春はのんびりとこれらの歌学と歌書に浸り、古の歌人達のように典雅離俗に暮したいものだ。


©️甲士三郎



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