4月1日 (土曜日) 晴
自分は 裕ちゃん・ひばりさんにあこがれた時代に生きてきた。
舞台も・映画も観るのが夢中な時もあったなあ~。
新宿コマ劇場でひばり主演の”柔”の舞台で
小ぶりの女優が大きく見えたのがすごい感動であった。
その方々が尊敬する奈良岡さん、その上の宇野さんとはどれだけ
偉大な方だったんであろうか!
TVの徹子の部屋で時折その素顔に接するくらいだが・・・
~~~~~~~~~~~~~~~~
毎日新聞 コラムを転記する。
新聞で「悲しい酒」を好きな曲にあげたことを機に美空ひばりさんと交流を深めた。
★ブランデー持参で自宅を訪れたひばりさんから
「姉貴として付き合ってほしい」と頼まれた。
その後は本名で「和枝さん」と呼んだ
▲石原裕次郎さんとは1959年に映画で初共演し、兄嫁を演じた。
撮影中、遅刻した裕次郎さんから「不肖の弟で申し訳ありません」と謝罪され、
それからも「お姉さん」と呼ばれた
▲93歳で亡くなった俳優の奈良岡朋子さん。
昭和の大スターに慕われたのは傑出した演技力と人柄ゆえだろう。
吉永小百合さんとは映画で何度も母子になった。「おっかさんに頼みたい」と請われ、
結婚の保証人になった。
▲テレビ世代には朝の連続ドラマ「おしん」など知的で落ち着いた語り口の
ナレーションも印象深い。
タクシーの運転手には「奈良岡さんですね。声でわかります」とよく言われたそうだ。
▲15歳で東京大空襲を体験し、52年の映画「原爆の子」で戦争の
傷痕が残る広島ロケに参加した。
70歳を過ぎてから戦争の記憶を語り始め、
晩年は井伏鱒二作「黒い雨」の朗読がライフワークになった。
▲「デコ」の愛称の名付け親は劇団民芸の先輩、宇野重吉さん。
生前に残したメッセージで「昔のデコじゃないですよ」と新たな旅路での再会を願った。
「裕ちゃんや和枝さんと思いっきり遊びます」とも。
民芸で同期の大滝秀治さんとは「継続は力なり」と芝居を続けることを約束し合ったという。
その通り、役者の道を貫いた人生だった。たらすぐに宇野さんを訪ねます。
もう一度あの厳しい演出を受けたいと長い間願ってきました。
~~~~~~~~~~~~~~~~
▽奈良岡さんのメッセージ全文は以下の通り
新たな旅が始まりました。旅好きの私のことです、
未知の世界への旅立ちは何やら心が弾みます。
向こうへ着いたらすぐに宇野さんを訪ねます。
もう一度あの厳しい演出を受けたいと長い間願ってきました。
でもね、宇野さん、私はあなたよりずっと長く生きて経験を積んできましたからね、
昔のデコじゃないですよ。「デコ、お前ちっとましになったな」と
言われたくてこれまで頑張ってきたんですから。
腕がなります。杉村先生とももう一度同じ舞台を踏みたかった。
どんな役でもいいからご一緒したい。ワクワクします。
~~~~~~~~~~~~~~
両親にあいさつするのは二、三本舞台をやって少し落ち着いてからにします。
それからは裕ちゃんや和枝さんと思いっきり遊びます。
これが別れではないですよ。いつかはまたお会いできますからね。
それでは一足お先に失礼します。皆さまはどうぞごゆっくり…
(注)宇野さん:宇野重吉さん、デコ:奈良岡さんの愛称、
杉村先生:文学座の杉村春子さん、裕ちゃん
:石原裕次郎さん、和枝さん:美空ひばりさん
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自分は 裕ちゃん・ひばりさんにあこがれた時代に生きてきた。
舞台も・映画も観るのが夢中な時もあったなあ~。
新宿コマ劇場でひばり主演の”柔”の舞台で
小ぶりの女優が大きく見えたのがすごい感動であった。
その方々が尊敬する奈良岡さん、その上の宇野さんとはどれだけ
偉大な方だったんであろうか!
TVの徹子の部屋で時折その素顔に接するくらいだが・・・
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毎日新聞 コラムを転記する。

新聞で「悲しい酒」を好きな曲にあげたことを機に美空ひばりさんと交流を深めた。
★ブランデー持参で自宅を訪れたひばりさんから
「姉貴として付き合ってほしい」と頼まれた。
その後は本名で「和枝さん」と呼んだ
▲石原裕次郎さんとは1959年に映画で初共演し、兄嫁を演じた。
撮影中、遅刻した裕次郎さんから「不肖の弟で申し訳ありません」と謝罪され、
それからも「お姉さん」と呼ばれた
▲93歳で亡くなった俳優の奈良岡朋子さん。
昭和の大スターに慕われたのは傑出した演技力と人柄ゆえだろう。
吉永小百合さんとは映画で何度も母子になった。「おっかさんに頼みたい」と請われ、
結婚の保証人になった。
▲テレビ世代には朝の連続ドラマ「おしん」など知的で落ち着いた語り口の
ナレーションも印象深い。
タクシーの運転手には「奈良岡さんですね。声でわかります」とよく言われたそうだ。
▲15歳で東京大空襲を体験し、52年の映画「原爆の子」で戦争の
傷痕が残る広島ロケに参加した。
70歳を過ぎてから戦争の記憶を語り始め、
晩年は井伏鱒二作「黒い雨」の朗読がライフワークになった。
▲「デコ」の愛称の名付け親は劇団民芸の先輩、宇野重吉さん。
生前に残したメッセージで「昔のデコじゃないですよ」と新たな旅路での再会を願った。
「裕ちゃんや和枝さんと思いっきり遊びます」とも。
民芸で同期の大滝秀治さんとは「継続は力なり」と芝居を続けることを約束し合ったという。
その通り、役者の道を貫いた人生だった。たらすぐに宇野さんを訪ねます。
もう一度あの厳しい演出を受けたいと長い間願ってきました。
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▽奈良岡さんのメッセージ全文は以下の通り
新たな旅が始まりました。旅好きの私のことです、
未知の世界への旅立ちは何やら心が弾みます。
向こうへ着いたらすぐに宇野さんを訪ねます。
もう一度あの厳しい演出を受けたいと長い間願ってきました。
でもね、宇野さん、私はあなたよりずっと長く生きて経験を積んできましたからね、
昔のデコじゃないですよ。「デコ、お前ちっとましになったな」と
言われたくてこれまで頑張ってきたんですから。
腕がなります。杉村先生とももう一度同じ舞台を踏みたかった。
どんな役でもいいからご一緒したい。ワクワクします。
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両親にあいさつするのは二、三本舞台をやって少し落ち着いてからにします。
それからは裕ちゃんや和枝さんと思いっきり遊びます。
これが別れではないですよ。いつかはまたお会いできますからね。
それでは一足お先に失礼します。皆さまはどうぞごゆっくり…
(注)宇野さん:宇野重吉さん、デコ:奈良岡さんの愛称、
杉村先生:文学座の杉村春子さん、裕ちゃん
:石原裕次郎さん、和枝さん:美空ひばりさん
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