ア ト ピ ー 性 皮 膚 炎 の こ ど も を な お す 、こ こ ろ
アトピー性皮膚炎の皮膚症状の病理と治療は、皮膚科専門医に任せ、私は小児科医として、アトピー性皮膚炎がどのように起きるか、どのように悪化していくか、を考えてきました。その結果、「アトピー性皮膚炎」を治すのではなく、「アトピー性皮膚炎をもつこども」を治すためには、こころの面からのアプローチ、つまり精神的心理的因子が重要と考え実践し、好成績を得ています。
1.人はなぜ病気になるか。(病因論)
私の病因論は、ルネ・デュボス(アメリカの環境医学者)のいう生体論的な環境的な医学を目指し、人が環境に適応できない時に病気になると考えます。
①複数の原因が重なって病気が起きる。--複数病因論
②人が環境に適応できない時に病気になる。--環境説または適応説
③こころと身体は、常に相互に関連している。--心身一体論
④こころは社会的に作られ、影響をうける。--病気は社会によって生ずる。
◇人はなぜ病気になるか。
人間は環境と相互に影響しあって発達してきたので、人間の住む自然環境や社会環境と密接に関連しているのですが、その環境に適応できないと病気になります。人間は環境から刺激を受け、それに対して応答して生きています。その相互関係がうまくいかないと病気になります。
分かりやすく説明する為に、人間を川に例えます。川の流れの両側に堤防があり、その堤防に何ヵ所かの弱点があっても、水量が少なければ、決して水はあふれません。ところが、大雨が続いたり、台風が来たときに、水量が増えてその限度を超えると、その川の堤防の弱い所から水があふれます。人間では、水があふれた時が病気で、人間が環境に適応できない時に水量がふえると説明します。
どこから水があふれるのか、即ちどの病気になるのかというと、その人の身体の弱点に病気が現われます。それは、数十はあると考えられ、
①両親のどちらかから受け継いだ家族的傾向(染色体、遺伝子、HLA抗原など)と、
②母親の胎内から現在までの、生れた順番、育ち方や友人、幼稚園や学校の先生、生活習慣(酒、タバコ、食事を含む)、かかった病気などに左右される後天的なものの両方から構成されています。
HLA抗原も遺伝子も、染色体も、体内に住む多くの微生物たちも、放射線の蓄積も、すべて弱点の一部を形成しています。でも、弱点があってもそれだけでは病気になる訳ではなく、ある人がすべての病気になる可能性もなく、うまく環境に適応できないときに、その人の弱点の所に病気が出てくると考えます。
家族的傾向からくる弱点は、その人の属する人種、民族、家系、国家、社会、文化によって代々作られ、受け継がれてきたものです。
ノーベル賞受賞した利根川進博士は、環境によって遺伝子も変化するという考えでした。環境にうまく適応した人が生き残り、遺伝子が変化して次の代へと受け継がれてきたのです。
また、最近の遺伝子学では、病気の遺伝子を持っていても、遺伝子にスイッチが入ると、遺伝子が働き、スイッチが切れると、遺伝子の働きが止まることがわかりました。スイッチを入れるのも、切るのも、環境因子と考えられています。ですから、同じ遺伝子を持っていても、スイッチが入らなければ病気にならないこともあるのです。
2.なぜアトピー性皮膚炎になるのか。
アトピー性皮膚炎は、気管支喘息、じんましん、アレルギー性鼻炎と関連のある病気で、家族内発生が多いのですが、遺伝は証明されていません。それは、上述の考えで理解できます。(最近のヒトゲノムの研究では、喘息関連遺伝子は15個、IgE関連遺伝子は2個見つかっていると言われていますが)
双胎の研究では、一卵性双生児の双方に同じアレルギー疾患がでる率は25%、別の研究では9%とも、80%とも言いますが、100%ではありません。このことは、遺伝や体質だけでは説明できません。アレルギーの遺伝子を持っていても、それだけでは発病せず、環境に適応できない時に発病すると考えます。
乳児がアトピー性皮膚炎になるのは、赤ちゃんが環境にうまく適応できなかったからです。環境には、生活環境として、自然環境、住宅、衣服や食生活もありますが、現代では社会環境つまり家庭や保育所での生活や対人関係が、大きくかかわっているようです。家庭や保育所での生活に適応できず、ストレスになっていると、アレルギー性疾患の家族的傾向があって、皮膚に弱点のある赤ちゃんはアトピー性皮膚炎になってしまいます。
◇なぜ増えたか(1) 社会環境
アレルギー性疾患は、高度経済成長期以後増え始め、特に1980年以降に、スギ花粉症に代表されるように、過労死と共に、急激にふえています。これらの病気は、世界的に見ると、アメリカを先頭に西ヨーロッパ諸国、日本、ニーズ諸国(韓国、台湾など)、メキシコなど中進国、の順に増えており、もっとも少ないのが発展途上国です。(旧社会主義圏は不明)なぜか、先進国では例外がスカンジナビア諸国で、気管支喘息を始め、アレルギー性疾患が少ないのです。多分、人にやさしい社会だからではないでしょうか。
アレルギー性疾患は都市に始まり、農村に波及し、そのうちにどの地域でも同じ位の罹患率になって平衡状態になります。喘息が典型的です。花粉症では、日本は中年を中心としたスギ花粉症ですが、アメリカでは、若者のブタクサ花粉症で、ヨーロッパではイネ科の牧草による花粉症です。
◇なぜ増えたか(2) 赤ちゃんのストレスは何か。
アトピー性皮膚炎は皮膚の病気ですから、じゅうたんなどの住環境や、衣服、離乳食にも問題があることも考えられます。しかし、一卵性双胎の例のように、弱点があってもそれだけでは病気にはならず、発病の引金になるのは、やはりストレスと考えます。兄弟でもなる子とならない子がいるのもそうです。
私は、因果関係がはっきりしない限り、食事療法をしません。
赤ちゃんのストレスは何か。
10年以上前に、あるアトピー性皮膚炎のひどい生後一ヵ月の赤ちゃんを見ていて、ふと気がつきました。それは、6才と8才になるその赤ちゃんのお兄さんとお姉さんが、赤ちゃんが可愛くて、始終なめたりさわったりしているのです。赤ちゃんは泣きませんが、「いやだなあ」と迷惑そうな顔つきをしています。それをやめさせるようにするだけで、随分皮膚症状はよくなりました。でもまだ完全ではありません。よく聞くと、母親は「あまり強くいうと、上の二人がかんしゃくを起こすから」といいます。
それから注意深く観察していると、初めてのこどもより、二番目や三番目のこどもが病気にかかることが多いのですが、その理由はどうも上の子にあるようです。
乳児のアトピー性皮膚炎が増えたのは、赤ちゃんのストレスが増えたからです。大きくなると(早ければ2~3歳ころから)治るのは、次第に精神的にも成長し、自立して「いや」と言えるようになるし、それと平行して母親や兄弟の干渉が減るからです。「いやだなあ」と思って我慢していると、ストレスですが、そういうものだと受入れてしまうと、ストレスでなくなります。ですから、さわられても平気な赤ちゃんもいます。
こどものこころの持ち方を、うまく変えることができると、よくなることがありますが、なかなか難しいです。自立ができないと、治らずに大人に持ち越します。
◇赤ちゃんにさわらないで。
ところで第一子がアトピー性皮膚炎の場合は、母親や祖母が、始終抱いたり、さわったりしていることが多いようです。さわればよいスキンシップが得られると思う母親が多いのでしょうか。スキンシップは本来、こころを通わせる手段であって、たださわってもこころは通いません。こころが通じることが大切です。
赤ちゃんは、「気持ちがいい」と感じさせることが、「愛されている」と感じるので、赤ちゃんが要求していないのに、赤ちゃんをさわると、いい気持ちには感じません。赤ちゃんは、お腹が空いたらおっぱいや離乳食を与え、おむつが汚れたら取り替えてやり、あとはそっと好きにしておくとよいのです。もちろん、抱いてほしがる赤ちゃんを抱いても、ストレスにはなりません。実際に、さわらないようにしてもらい、皮膚症状をステロイド外用薬で治すと、乳児では1か月くらいでよくなります。でもそれが難しいのです。
3.ではどうしたらアトピー性皮膚炎を治せるのか。
赤ちゃんやこどものストレス(「いやだなあ」と思うこと)がどこにあって、どうしたらなくせるかにかかるのです。多くは家庭内にストレスがあるので、母親の対処の仕方で決ります。一般的に赤ちゃんは、上の子から離して、さわらせないようにすると、病気が少なくなります。原因が家庭外、例えば保育所の中でのこともありますが、その場合は対策が難しいです。
治すには、まず母親に、「①病気の起き方、②ストレスと病気との関係、③社会に問題があり、決して母親のせいではないが、残念ながら母親が大きくかかわっていること」を理解してもらい、母親の病気への不安を除き、母親のこどもや家族への対応やこころの持ち方を変えてもらうようにします。ここが大切で、一回位の診療ではなかなかここまで行けません。ただあちこちの有名な病院をまわってもよくならなかった子の母親は、すぐ理解してくれます。年長児の場合は、必ず母親と一緒に話を聞いてもらいます。こどものこころを解きほぐして、こころの持ち方を変えてもらうことも大切なことです。
次に、「④治療の仕方、⑤特にスキン・ケア、⑥かゆみの対策」を教え、それを毎日実行してもらい、病気と上手につきあって、肌をなだめすかして、ひどくならないようにして大きくなるのを待つことがよいようです。時間が解決してくれる側面が強いのです。
第三に、母親が病気を嫌わないことが大切です。母親が病気を嫌うと、こどもも嫌います。病気を嫌うと、病気がなかなかよくなりません。それは、何も外から病気が入りこんできた訳ではなく、病気は自分の身体そのものがなっている、自分の身体の変調なのです。判りやすく云えば、ピアノの調律が狂っている状態です。だから、「ああ嫌だな。どうしてこんな病気になったんだろう」と、病気を嫌うことは、自分の病気になっている身体を嫌うことで、自分のこころが自分の身体を嫌うことですから、潜在意識の中で葛藤を起こして、病気がよくなりません。病気をなだめすかして、病気と上手につきあうことです。
それから「もっと悪くなったらどうしょう」とか、「このままひどくなって、治らないのではないか」と暗示をかけてはいけません。母親による暗示や、自分の自己暗示によって悪くなります。「だいじょうぶ、よくなる、よくなる」と良くなるように、暗示をかけて下さい。
一般的にアレルギー性疾患になるこどもは、一見、自己主張が強く、いやなことは嫌だといっているように見えますが、こころがやさしくて、自分ではいやだと思っても、がまんして、親や相手のされるままになっていることが多いのです。こどもの目を見て下さい。輝いているか、いやそうな顔をしているか、それで判ります。そこで私のお勧めすることができる唯一の子ども(赤ちゃんも)対策は、ほめてあげることです。泣いても、どこか良い所を見つけてほめるのです。その子のしたことをほめて自信をもたせるのです。その子が自分の行動に自信を持ち、自己主張を強くすると、軽快していきます。また、子どもが要求しても、どうしてもできないことは、がまんさせるのではなく、「これこれだから仕方がないでしょ、まあいいでしょ、しょうがないよね」と話して、「しょうがないや、まあいいか」と思わせることです。子どもが「いやだな」と思っていると、症状がでてきます。
きかん坊、腕白、分からず屋、まけず嫌い、強情っぱりなどは、よくないこどもの代名詞ですが、私にとっては、たくましい健康なこどもの代名詞です。
という風に私は考えていますが、心身医療に感心をお持ちの皆様は如何でしょうか。
[附]感情的なストレス
精神身体的因子は、アトピー性皮膚炎ではいつも重要で、ストレスはこどもの環境の中のいろいろなバラエティのある精神のダイナミックスの1つから、結果として生じてきます。両親の葛藤、兄弟による嘲笑、学校でのクラスメートたちからの批判、行動上の問題をくすぶらせる”Silent Treatment(表面化せずに問題処理すること)”、放課後のしばしばおきる失望反応、などがかゆみを増加させます。対策は、問題のオープンな処理、ゲームや他の活動によって、手の使用を要求するような遊び、こころを転ずることを注意深く計画することなどをすることです。
結論
こどもをほめて育て、しからないこと。いい子にしてあげること。赤ちゃんは、要求しないのに、だいたり、さわったりしないこと。ステロイドは、上手に使うこつを覚えること。(薬は、包丁と同じで、料理(治療)に必要ですが、殺人(薬害)の道具にもなります。使い方が大切です。)ステロイドで治して、再発することを、こころの対策で防ぐことです。
これは、子どもの話で、大人は、社会(家庭を含む)にしばられて、ぬけだすことが大変で、なかなか治すことができません。こころの持ち方を変えることも必要ですが、こころのトレーニングは、スポーツと同じで、長い間の反復練習が必要なので、できる人が少ないです。環境を変える方が早いのですが、できる人とできない人とがあります。環境が変わって、悪くなることもあります。ですから、大人の治療は大変難しいです。
総合小児科医 黒部信一
アトピー性皮膚炎の皮膚症状の病理と治療は、皮膚科専門医に任せ、私は小児科医として、アトピー性皮膚炎がどのように起きるか、どのように悪化していくか、を考えてきました。その結果、「アトピー性皮膚炎」を治すのではなく、「アトピー性皮膚炎をもつこども」を治すためには、こころの面からのアプローチ、つまり精神的心理的因子が重要と考え実践し、好成績を得ています。
1.人はなぜ病気になるか。(病因論)
私の病因論は、ルネ・デュボス(アメリカの環境医学者)のいう生体論的な環境的な医学を目指し、人が環境に適応できない時に病気になると考えます。
①複数の原因が重なって病気が起きる。--複数病因論
②人が環境に適応できない時に病気になる。--環境説または適応説
③こころと身体は、常に相互に関連している。--心身一体論
④こころは社会的に作られ、影響をうける。--病気は社会によって生ずる。
◇人はなぜ病気になるか。
人間は環境と相互に影響しあって発達してきたので、人間の住む自然環境や社会環境と密接に関連しているのですが、その環境に適応できないと病気になります。人間は環境から刺激を受け、それに対して応答して生きています。その相互関係がうまくいかないと病気になります。
分かりやすく説明する為に、人間を川に例えます。川の流れの両側に堤防があり、その堤防に何ヵ所かの弱点があっても、水量が少なければ、決して水はあふれません。ところが、大雨が続いたり、台風が来たときに、水量が増えてその限度を超えると、その川の堤防の弱い所から水があふれます。人間では、水があふれた時が病気で、人間が環境に適応できない時に水量がふえると説明します。
どこから水があふれるのか、即ちどの病気になるのかというと、その人の身体の弱点に病気が現われます。それは、数十はあると考えられ、
①両親のどちらかから受け継いだ家族的傾向(染色体、遺伝子、HLA抗原など)と、
②母親の胎内から現在までの、生れた順番、育ち方や友人、幼稚園や学校の先生、生活習慣(酒、タバコ、食事を含む)、かかった病気などに左右される後天的なものの両方から構成されています。
HLA抗原も遺伝子も、染色体も、体内に住む多くの微生物たちも、放射線の蓄積も、すべて弱点の一部を形成しています。でも、弱点があってもそれだけでは病気になる訳ではなく、ある人がすべての病気になる可能性もなく、うまく環境に適応できないときに、その人の弱点の所に病気が出てくると考えます。
家族的傾向からくる弱点は、その人の属する人種、民族、家系、国家、社会、文化によって代々作られ、受け継がれてきたものです。
ノーベル賞受賞した利根川進博士は、環境によって遺伝子も変化するという考えでした。環境にうまく適応した人が生き残り、遺伝子が変化して次の代へと受け継がれてきたのです。
また、最近の遺伝子学では、病気の遺伝子を持っていても、遺伝子にスイッチが入ると、遺伝子が働き、スイッチが切れると、遺伝子の働きが止まることがわかりました。スイッチを入れるのも、切るのも、環境因子と考えられています。ですから、同じ遺伝子を持っていても、スイッチが入らなければ病気にならないこともあるのです。
2.なぜアトピー性皮膚炎になるのか。
アトピー性皮膚炎は、気管支喘息、じんましん、アレルギー性鼻炎と関連のある病気で、家族内発生が多いのですが、遺伝は証明されていません。それは、上述の考えで理解できます。(最近のヒトゲノムの研究では、喘息関連遺伝子は15個、IgE関連遺伝子は2個見つかっていると言われていますが)
双胎の研究では、一卵性双生児の双方に同じアレルギー疾患がでる率は25%、別の研究では9%とも、80%とも言いますが、100%ではありません。このことは、遺伝や体質だけでは説明できません。アレルギーの遺伝子を持っていても、それだけでは発病せず、環境に適応できない時に発病すると考えます。
乳児がアトピー性皮膚炎になるのは、赤ちゃんが環境にうまく適応できなかったからです。環境には、生活環境として、自然環境、住宅、衣服や食生活もありますが、現代では社会環境つまり家庭や保育所での生活や対人関係が、大きくかかわっているようです。家庭や保育所での生活に適応できず、ストレスになっていると、アレルギー性疾患の家族的傾向があって、皮膚に弱点のある赤ちゃんはアトピー性皮膚炎になってしまいます。
◇なぜ増えたか(1) 社会環境
アレルギー性疾患は、高度経済成長期以後増え始め、特に1980年以降に、スギ花粉症に代表されるように、過労死と共に、急激にふえています。これらの病気は、世界的に見ると、アメリカを先頭に西ヨーロッパ諸国、日本、ニーズ諸国(韓国、台湾など)、メキシコなど中進国、の順に増えており、もっとも少ないのが発展途上国です。(旧社会主義圏は不明)なぜか、先進国では例外がスカンジナビア諸国で、気管支喘息を始め、アレルギー性疾患が少ないのです。多分、人にやさしい社会だからではないでしょうか。
アレルギー性疾患は都市に始まり、農村に波及し、そのうちにどの地域でも同じ位の罹患率になって平衡状態になります。喘息が典型的です。花粉症では、日本は中年を中心としたスギ花粉症ですが、アメリカでは、若者のブタクサ花粉症で、ヨーロッパではイネ科の牧草による花粉症です。
◇なぜ増えたか(2) 赤ちゃんのストレスは何か。
アトピー性皮膚炎は皮膚の病気ですから、じゅうたんなどの住環境や、衣服、離乳食にも問題があることも考えられます。しかし、一卵性双胎の例のように、弱点があってもそれだけでは病気にはならず、発病の引金になるのは、やはりストレスと考えます。兄弟でもなる子とならない子がいるのもそうです。
私は、因果関係がはっきりしない限り、食事療法をしません。
赤ちゃんのストレスは何か。
10年以上前に、あるアトピー性皮膚炎のひどい生後一ヵ月の赤ちゃんを見ていて、ふと気がつきました。それは、6才と8才になるその赤ちゃんのお兄さんとお姉さんが、赤ちゃんが可愛くて、始終なめたりさわったりしているのです。赤ちゃんは泣きませんが、「いやだなあ」と迷惑そうな顔つきをしています。それをやめさせるようにするだけで、随分皮膚症状はよくなりました。でもまだ完全ではありません。よく聞くと、母親は「あまり強くいうと、上の二人がかんしゃくを起こすから」といいます。
それから注意深く観察していると、初めてのこどもより、二番目や三番目のこどもが病気にかかることが多いのですが、その理由はどうも上の子にあるようです。
乳児のアトピー性皮膚炎が増えたのは、赤ちゃんのストレスが増えたからです。大きくなると(早ければ2~3歳ころから)治るのは、次第に精神的にも成長し、自立して「いや」と言えるようになるし、それと平行して母親や兄弟の干渉が減るからです。「いやだなあ」と思って我慢していると、ストレスですが、そういうものだと受入れてしまうと、ストレスでなくなります。ですから、さわられても平気な赤ちゃんもいます。
こどものこころの持ち方を、うまく変えることができると、よくなることがありますが、なかなか難しいです。自立ができないと、治らずに大人に持ち越します。
◇赤ちゃんにさわらないで。
ところで第一子がアトピー性皮膚炎の場合は、母親や祖母が、始終抱いたり、さわったりしていることが多いようです。さわればよいスキンシップが得られると思う母親が多いのでしょうか。スキンシップは本来、こころを通わせる手段であって、たださわってもこころは通いません。こころが通じることが大切です。
赤ちゃんは、「気持ちがいい」と感じさせることが、「愛されている」と感じるので、赤ちゃんが要求していないのに、赤ちゃんをさわると、いい気持ちには感じません。赤ちゃんは、お腹が空いたらおっぱいや離乳食を与え、おむつが汚れたら取り替えてやり、あとはそっと好きにしておくとよいのです。もちろん、抱いてほしがる赤ちゃんを抱いても、ストレスにはなりません。実際に、さわらないようにしてもらい、皮膚症状をステロイド外用薬で治すと、乳児では1か月くらいでよくなります。でもそれが難しいのです。
3.ではどうしたらアトピー性皮膚炎を治せるのか。
赤ちゃんやこどものストレス(「いやだなあ」と思うこと)がどこにあって、どうしたらなくせるかにかかるのです。多くは家庭内にストレスがあるので、母親の対処の仕方で決ります。一般的に赤ちゃんは、上の子から離して、さわらせないようにすると、病気が少なくなります。原因が家庭外、例えば保育所の中でのこともありますが、その場合は対策が難しいです。
治すには、まず母親に、「①病気の起き方、②ストレスと病気との関係、③社会に問題があり、決して母親のせいではないが、残念ながら母親が大きくかかわっていること」を理解してもらい、母親の病気への不安を除き、母親のこどもや家族への対応やこころの持ち方を変えてもらうようにします。ここが大切で、一回位の診療ではなかなかここまで行けません。ただあちこちの有名な病院をまわってもよくならなかった子の母親は、すぐ理解してくれます。年長児の場合は、必ず母親と一緒に話を聞いてもらいます。こどものこころを解きほぐして、こころの持ち方を変えてもらうことも大切なことです。
次に、「④治療の仕方、⑤特にスキン・ケア、⑥かゆみの対策」を教え、それを毎日実行してもらい、病気と上手につきあって、肌をなだめすかして、ひどくならないようにして大きくなるのを待つことがよいようです。時間が解決してくれる側面が強いのです。
第三に、母親が病気を嫌わないことが大切です。母親が病気を嫌うと、こどもも嫌います。病気を嫌うと、病気がなかなかよくなりません。それは、何も外から病気が入りこんできた訳ではなく、病気は自分の身体そのものがなっている、自分の身体の変調なのです。判りやすく云えば、ピアノの調律が狂っている状態です。だから、「ああ嫌だな。どうしてこんな病気になったんだろう」と、病気を嫌うことは、自分の病気になっている身体を嫌うことで、自分のこころが自分の身体を嫌うことですから、潜在意識の中で葛藤を起こして、病気がよくなりません。病気をなだめすかして、病気と上手につきあうことです。
それから「もっと悪くなったらどうしょう」とか、「このままひどくなって、治らないのではないか」と暗示をかけてはいけません。母親による暗示や、自分の自己暗示によって悪くなります。「だいじょうぶ、よくなる、よくなる」と良くなるように、暗示をかけて下さい。
一般的にアレルギー性疾患になるこどもは、一見、自己主張が強く、いやなことは嫌だといっているように見えますが、こころがやさしくて、自分ではいやだと思っても、がまんして、親や相手のされるままになっていることが多いのです。こどもの目を見て下さい。輝いているか、いやそうな顔をしているか、それで判ります。そこで私のお勧めすることができる唯一の子ども(赤ちゃんも)対策は、ほめてあげることです。泣いても、どこか良い所を見つけてほめるのです。その子のしたことをほめて自信をもたせるのです。その子が自分の行動に自信を持ち、自己主張を強くすると、軽快していきます。また、子どもが要求しても、どうしてもできないことは、がまんさせるのではなく、「これこれだから仕方がないでしょ、まあいいでしょ、しょうがないよね」と話して、「しょうがないや、まあいいか」と思わせることです。子どもが「いやだな」と思っていると、症状がでてきます。
きかん坊、腕白、分からず屋、まけず嫌い、強情っぱりなどは、よくないこどもの代名詞ですが、私にとっては、たくましい健康なこどもの代名詞です。
という風に私は考えていますが、心身医療に感心をお持ちの皆様は如何でしょうか。
[附]感情的なストレス
精神身体的因子は、アトピー性皮膚炎ではいつも重要で、ストレスはこどもの環境の中のいろいろなバラエティのある精神のダイナミックスの1つから、結果として生じてきます。両親の葛藤、兄弟による嘲笑、学校でのクラスメートたちからの批判、行動上の問題をくすぶらせる”Silent Treatment(表面化せずに問題処理すること)”、放課後のしばしばおきる失望反応、などがかゆみを増加させます。対策は、問題のオープンな処理、ゲームや他の活動によって、手の使用を要求するような遊び、こころを転ずることを注意深く計画することなどをすることです。
結論
こどもをほめて育て、しからないこと。いい子にしてあげること。赤ちゃんは、要求しないのに、だいたり、さわったりしないこと。ステロイドは、上手に使うこつを覚えること。(薬は、包丁と同じで、料理(治療)に必要ですが、殺人(薬害)の道具にもなります。使い方が大切です。)ステロイドで治して、再発することを、こころの対策で防ぐことです。
これは、子どもの話で、大人は、社会(家庭を含む)にしばられて、ぬけだすことが大変で、なかなか治すことができません。こころの持ち方を変えることも必要ですが、こころのトレーニングは、スポーツと同じで、長い間の反復練習が必要なので、できる人が少ないです。環境を変える方が早いのですが、できる人とできない人とがあります。環境が変わって、悪くなることもあります。ですから、大人の治療は大変難しいです。
総合小児科医 黒部信一