Tesla (テスラ)の展示場に行って来ました。
一般的に車の展示場というのはやや大きな道路に面した場所に目立つ看板を掲げて堂々と存在しているものだがテスラの場合は違った。ファッション関係のお店が並ぶモールの一角にさり気なく存在している。車屋さんというよりも Apple のアイフォンストアか Bose のオーディオショップといった感覚である。これはもう油の世界からは足を洗った家電として存在するであろう近未来の自動車文化を謳った形なのであろうか?
これがテスラ -S のシャーシー
見たところ素材のほとんどはアルミ二ウム合金。
後部に2つの電気モーターを備えている。初期のロードスターと同じ構成かな。
モーターのトルクがダイレクトに(確実に)タイヤに伝わる、エンジン構造の車と比べたらトルクの応答は桁違いだと言われている。
重量の重いリチウムイオン電池は車体の下に敷かれている。
シャーシーはバッテリーケースを兼ねているのだ。
バッテリーパワーの車は仕組みとしては実にシンプルである。
課題は電池の重さと、充電にかかる時間。
そして遠出時の充電のインフラ懸念である。
テスラの前後はかなり容量の大きなトランクルームが備えられている。
コクピットの巨大なデスプレイ画面、
まるで室内でコンピューターを操作している様にも見える。
今から数十年後の未来は道行く車のほとんどが電気自動車となる可能性が高い。しかしそれは現在の蓄電池を積んだ電気自動車ではない。
今後最も可能性が高いとされるのが Capacitor's Car(キャパシタ自動車)の存在である。往来の電池は化学反応を利用して蓄電を行うが昔からラジオやテレビの内部で使われているコンデンサは電気を電子のまま蓄えている。このコンデンサの容量のでかい物を作りあげれば5分間の充電で800キロメートル走る自動車が製作出来るといわれている。
ガソリン自動車の発展と共に蓄積された多くの技術的なノウハウはそのまま電気に移行している。
将来の電気自動車の普及の比率は消費者の意向よりも国と自動車メーカーの意向のタイアップとしてブループリントは描かれる可能性が高い。よって電気自動車の時代はも好むと好まないに関係なく時代の流れとしてやって来る。
所でテスラの名称はあの 二コラ テスラ から来ているのだが彼の研究の継続をも願った意味も兼ねているのだろう!?研究の成果を具体的に人間社会で役立つ模索をしているとしたらテスラは単なる電気自動車では終らない。しかし電気自動車の値段の高さ、充電のインフラ、そして安全性や耐久性、また環境やリサイクルも含めて最初のハードルは高い。
きっと人類はこの壁を乗り越えて行く。
お願いだから、手を出さないでね!
えっ!乗りたいって。
2Fのランクルに...