太七追悼の記・色川三中「家事志」より

（はじめに）

土浦に住んでいた薬種商色川三中は、日記「家事志」で、以前店で働いていた従業員太七が亡くなったことを聞いて次のように記しています（文政10年8月2日付）。

〈晴れ、余熱（残暑）が甚だしい。薬種問屋の大枝清兵衛殿が江戸から来られる。以前店で働いていた寺台村の太七が本年5月に亡くなったとのこと。〉

三中は太七の死を多いに惜しみ、同月11日「太七追悼の記」ともいえる長文を書いております。太七は寺台村（現・成田市寺台）出身。どこにでもいそうな男性であり、酒を飲んではトラブルを起こす欠点の多い人物でしたが、三中はその才能を買っていたようです。

【太七追悼の記】

　午年（1822年）の秋から未年（1823年）の5月にかけて店で働いていた寺台村出身の太七は、その後上野で奉公していたと聞いていたが、本年（1827年）5月に死去したと大枝清兵衛（色川家の取引先）から聞いた。惜しむべし、哀れむべし。

　太七は寺台村（成田市寺台）に生まれ、父親のつてで働き口を求めたが、身持ちが良くない男でその働き口は辞め、その後は江戸で仕事を変えながら暮らしていた。

　午年（1822年）の夏から北条（つくば市北条）の成田屋伝兵衛のところで働き始めたが、女遊びにはまってしまい、成田屋も持て余すこととなった。そこで、成田屋から私のところに、こういう男がいるが面倒を見てやってくれないかという話があり、午年（1822年）の秋から使い始めた。

　太七は発明怜悧なところがあり、商売筋の鍛錬ができていて、百人に秀でていた。江戸の和泉屋吉右衛門や大枝清兵衛（太七のいとこ）と取引を始めることができたのは、太七の功績である。

しかし、気風がよろしくなかった。酒を飲めば後を引き、日が暮れてから夜が明けるまで飲む。飲めば必ず間違いをしでかす。人を人とも思わぬようなところもあった。そんなことから、嫌われてもいた。

　未年（1823年）の5月、太七がよろしからぬことを行ったので、やむなく暇を出した。その後、話しだけは聞いていたが、まさか上野で病死するとは思わなかった。

　大枝清兵衛に「大酒を飲む男であったので、それでなくなったのですか」と聞いたが、「いえ、痰労というようなものだったようです」とのことであった。

　太七の才能は衆に勝るものであったが、その才を全うすることが出来ずに終わってしまったのは惜しみて余りある。悲しくまた痛ましいことである。今はただ太七のことを思い出し、名号を唱えるだけである。

　

色川三中「家事志」文政10年7月下旬

色川三中「家事志」文政10年7月下旬

土浦市史史料『家事志　色川三中日記』第一巻をもとに、気になった一部の大意を現代語にしたものです。

1827年7月21日（文政10年）

（行商中）飯嶋寿軽老へ止宿。酒肴の饗応を受ける。

#色川三中　#家事志

（コメント）

三中の日記を読んでいても、一体これはどういうこと？という箇所は結構ありまして、本日の記事の「飯嶋寿軽老」も人の名前だろうという以外はよくわかりません。ここでも酒肴の饗応を受けており、歓待されていることはわかるのですが。

1827年7月22日（文政10年）

（行商中）鹿嶋の山中屋に泊。

#色川三中　#家事志

（コメント）

前回の行商でも、「鹿嶋山中に泊」という記事があり（5月16日条）、山中とは何かがよくわからなかったのですが、今日の記事からすると「山中屋」という旅宿のようです。鹿島は神宮もありますから、旅宿もそれなりにあったのでしょう。

1827年7月23日（文政10年）

（行商中）共に行商に来た与兵衛を木滝、波崎（神栖市）に遣わす。自分は山之上、須賀、武井、岡志崎を回り、居合（鹿嶋市）の松岡精斎藤老へ止宿。

#色川三中　#家事志

（コメント）

行商の行き先を与兵衛と分担。与兵衛は波崎（神栖市）へ行かせ、三中は今の鹿嶋市内を回ります。本日の宿泊地居合は現在の茨城県鹿嶋市です。

居合田園都市センター · 〒311-2213 茨城県鹿嶋市中

1827年7月24日（文政10年）

（行商中）鹿嶋神宮に午の刻に参詣。家内安全祈祷のため金子百疋を奉納。神事が執り行われており、児が籠や馬に乗っている。また、旗を押し立てて、町の名を記した衣笠も華やかである。その様は古来からのもののようで大変貴い。

#色川三中　#家事志

（コメント）

鹿嶋神宮（鹿島神宮）に昼からお参り。前回の行商（5月11日〜20日）ではお参りの余裕はありませんでしたが、今回は時間的、精神的に余裕があるようです。神事へのコメントにも余裕を感じます。

1827年7月25日（文政10年）

（行商中）早朝渡し場まで行くが、風が荒く波が高い。渡船は困難であるので、鹿嶋に戻る。再び神事を見る。六つの町が代わるがわる神宮内や町内を巡り歩く様は、古来からのもののようで感涙で袖を濡らすほどである。

#色川三中　#家事志

（コメント）

行商の交通手段はこれまでの日記を見るだけでは明確でなかったのですが、本日の日記で舟運を利用していたことがわかります。三中の本拠地土浦も鹿島も霞ヶ浦に面していますので、船を利用して行商に回っていたようです。本日は霞ヶ浦で渡船ができないほどの風が吹き、昨日に引き続き神事を見物したのでした。

1827年7月26日（文政10年）

（行商中）ようやく風止む。渡船している間は波はなく、鏡面を行くが如し。しかし、渡り終わると大風となる。鹿嶋の神の御助け、延方地蔵尊の御効験である。夕方、下村に止宿。

#色川三中　#家事志

（コメント）　

三中が渡船しているときだけ風が止んでいたことを、鹿島神宮の神と延方地蔵尊の御効験と記しています。延方地蔵尊とは、延方（茨城県潮来市）の船越地蔵のこと。同地蔵は鎌倉時代の律宗の僧、良観房忍性が北浦の航海安全を祈り、鹿島神宮の神木の枝で作ったと伝えられる地蔵で、潮来市延方にある普門院にあります。

参考論文：「延方普門院の船越地蔵と忍性」（細川涼一・1994年）

1827年7月27日（文政10年）

（行商中）玉造（茨城県かすみがうら市）にて宿。

#色川三中　#家事志

（コメント）

玉造は三中が行商に出ると必ず宿泊するところで、往路でも泊まっています（7月19日条）。玉造は霞ヶ浦に接しており、水運の町であったことと関係がありそうです。明治の町村制施行以来、玉造町でしたが、2005年9月2日、麻生町・北浦町と合併し行方市となりました。以前は玉造駅がありましたが、鹿島鉄道線が2007年4月1日に廃止されたため、現在鉄道は通っておりません。

1827年7月28日（文政10年）

（行商中）夜七つ（午前四時）に提灯をつけて玉造を出る。このような出立をするのは、ちょっとわけがあったのだ（内容は記さず）。供の与兵衛は笠間（笠間市笠間）に遣わした。岩間（笠間市岩間）泊。

#色川三中　#家事志

（コメント）

午前四時という早朝に出立するのは珍しく、それについて原文には「故あれぱなり」とだけ書いてあって、その詳細は書かれていないので、分からずじまいです。後世に残すために書いている日記ですが、こういう自由さが三中の魅力です。

1827年7月29日（文政10年）

（行商中）昨日与兵衛を笠間に遣わしていたが、本日九つ（正午）前に帰ってきた。夜、柿岡川合にて宿。

#色川三中　#家事志

（コメント）

・事業が成長するには、従業員の頑張りが欠かせません。与兵衛は先日も一人で行商を任されており（7月23日条）、頼りない従業員揃いの中で頼もしい存在となりつつあることがうかがえます。

・「柿岡川合」は柿岡村の川合（河合）医師の意。土浦市発行の家事志の解説には河合医師につき以下の記載があります。

河合玄隆(川合)：外科医。文政九年七十三歲。その養子も玄隆。文政十年には先代は隠居していた。三中とは本草・薬品研究上の交流が深い。三中の父の代からの付き合いで、三中は先代に顔の痣を治して貰った。

1827年7月30日（文政10年）

（昨日まで行商）早朝に宿を出立し、六つ半時に帰宅。訪ねた歩いた医師には概ね会うことができ、行商は成功である。これも鹿島の神のお守りの御蔭である。

#色川三中　#家事志

（コメント）

行商が本日で終了、土浦に帰宅しました。行商は大成功のようです。三中の鹿島信仰にも注目です。今回の行商は鹿島の神のおかげとあり7月26日条でも鹿島の神について言及しています。途中、鹿島神宮では2日にわたって神事を見学していました。