シューマン:ピアノ協奏曲
子供の情景
アベッグ変奏曲
ピアノ:クララ・ハスキル
指揮:ウイレム・ヴァン・オッテルロー
管弦楽:ハーグ・フィルハーモニー管弦楽団
LP:日本ビクター(PHILIPS) SFL‐7924
このLPレコードのA面に収められたシューマンのピアノ協奏曲は、5年という長い月日を掛けて完成された。この協奏曲の第1楽章は、シューマンが31歳のとき「ピアノと管弦楽のための幻想曲」として作曲され、その後、2つの楽章が書き加えられ完成したもの。しかし、聴いてみると3つの楽章には統一感があり、一気に書かれた曲のような印象を持っている。シューマンは、ピアノ協奏曲を作曲するに当たり、名人風の協奏曲を狙ったのではなく、「交響曲と協奏曲と大きなソナタとを混ぜ合わせたような曲」づくりを目指したという。この曲の初演は、シューマン夫人のクララ・シューマンがピアノを独奏し、1845年にドレスデンで行われた。一方、B面に収められた「子供の情景」は、1838年、シューマンが28歳の時に作曲されたピアノ独奏曲。30曲ほど作曲した中から、13曲を選んで「子供の情景」という名前が付けられた。演奏上難しい技巧は必要としない代わり、夢や幻想などの雰囲気を内包した演奏内容でなければ、この曲集の真に意図するものを的確に表現することは到底出来ない。最期の「アベッグ変奏曲」は、1830年、シューマンが20歳の時に書かれたピアノ独奏曲。当時シューマンはハイデルベルグ大学で法律の勉強をしていたが、学友の一人に恋人がいて、その名をメタ・アベッグと言った。シューマンは、このアベッグの姓を音に当て嵌め、イ(A)、変ロ(B)、ホ(E)、ト(G)、ト(G)の5音を主題にして一つの変奏曲をつくり上げた。これがアベッグ変奏曲である。法律の勉強をそっちのけで音楽の勉強ばかりに没頭していた、如何にもシューマンらしい作曲の由来だ。これらのシューマンのピアノ曲をこのLPレコードで弾いているのがルーマニア出身の名ピアニストのクララ・ハスキル(1895年―1960年)である。ハスキルは当時、「モーツァルトの生まれ変わりのように演奏する」と言われていたが、その純粋で情念のこもった演奏は、シューマンのロマンの世界をつくりだすことでも突出した存在であった。このLPレコードでの演奏内容は、いずれの曲もシューマンの持つロマンの薫り高い世界を十全に描き切って、実に見事な出来栄えを披露している。一瞬、時間が止まったような、抒情の世界にリスナーを誘ってくれて、気分が安らぐ。ハスキルのような”夢”を演出してくれるピアニストは、貴重な存在だった。(LPC)