先日、人類初の水平飛行による音速突破を成功させたとされるチャールズ(チャック)・イェーガー氏が97歳で亡くなりました。宇宙開発を描いた小説、さらには映画化された「ライト・スタッフ」の登場人物として知っている方も多いでしょう。同氏の業績はあちこちで報じられており、このブログで改めて説明の要も無いかもしれませんが、偉大な記録を達成した同氏を偲んで、この記事を書いております。
後述しますが、イェーガー大尉(当時)がベルX-1を駆っての音速突破は1947年のことです。それまでの経歴を見ますとイェーガーは第二次大戦に従軍しており、P-51で11.5機を撃墜した「エース」パイロットでもありました。第二次大戦をリアルに知る方が亡くなったということでもあり、先の大戦はますます「歴史」の一部になっていくようです。
このように有名人でもありますのでこのP-51については各社がキットのマーキングに入れており、作った方もいらっしゃるでしょう。
第二次大戦中からジェットエンジン、ロケットエンジンといった新しい動力の研究も進み、実戦にも投入されています。その中で、より速く、より高くといった要求も出てまいりまして、音速=音の壁を超えるということも目標となっていきました。しかし、この音の壁に近づくと操縦が困難になったり、時には機体が破壊されるといった事態に見舞われ、音の壁を超えた者は生きて還れないとも言われるようになりました。
戦中からアメリカでは超音速機の開発をはじめていましたが、陸軍(のちに航空部門は空軍となりました)、NACA(アメリカ航空諮問委員会、のちのNASA)がベル社と組んで開発したのがXS-1という航空機でした。胴体は当時音速を超える存在として認知されていた12.7ミリ機銃弾の形を参考にしたと言われています。強度は実に18Gに耐えられるという代物で、後退翼ではなく直線翼を採用していたというのもこの時代を感じさせます(かのF-86も最初は直線翼でしたからね)。ドイツほど後退翼の研究が進んでおらず、優位性を考えていなかったことが分かります。
このXS-1はジェットエンジンではなく、ロケットエンジンを積んでいました。一気に加速して短い時間飛行して音速を超えるための飛行機ですから、ロケットエンジンの方が好適だったのでしょう。さらにこの機体はB-29に吊り下げられて離陸し、上空から発進して飛行して着陸、という方法を取っていました。初の水平飛行による音速突破は1947(昭和22)年10月のことで、米国では陸軍航空隊が空軍として独立して間もない頃でした。音速突破は周到な準備もあったわけですが、意外にもあっさりと達成したと言われています。場所はカリフォルニア州のミューロック(マロック)乾湖上空でのことでした。余談になりますがミューロック乾湖は後にエドワーズ空軍基地と呼ばれるようになり、スペースシャトルの着陸地としても知られております。また、第二次大戦中はアメリカ軍がこの乾湖の上に日本海軍の重巡洋艦の原寸大木製標的(ミューロック丸)を設置しておりました。
飛行機の話に戻りますが、XS-1は翌1948年にX-1と名称が変わり、こちらが後々まで続く実験機の系譜、X-PLANESの始祖となったわけです。X-15、X-29、最近ではX-35と、飛行機好きの方ならご存知かと思います。
このX-1は有名な機体ですので模型でも製品化されており、私はタミヤ1/72のキットを組んでいます。キットの初版は1991(平成3)年で、当時は1/72エアークラフトシリーズという名称でした。1/48の大戦機や1/100のミニジェットシリーズの印象があったタミヤが、1/72でXの名前のつく機体をリリースしたのは唐突な感もあって意外でしたが、航空史に名を残す名機でもありまして、私もすぐに購入して組んだ記憶があります。というわけで組んでから30年近く経った模型ではありますが、どうかご笑覧ください。

キットをストレートに組んでオレンジ色に塗っただけで、ピトー管なども金属に置き換えていません。国籍マークも時間が経って色透けを起こしています。
胴体の片側が透明になっており、内部構造も再現されたモデルです。

酸素タンク、アルコール・水タンクが大半を占め、ロケットエンジンが意外に小さかったので驚きました。胴体前部の酸素タンクの中に重りを入れるようになっており、機体を手に持つと今もカタカタと音がしています。マーキングは音速突破時の機体以外にも、ラストフライト時、NACA仕様などの中から選べるようになっていました。このキット、現在ではタミヤのウォーバードコレクションに組み込まれており、入手可能です。この記事の多くも、当時のタミヤのキットの説明書の内容を元に書いております。例によって実機説明が詳細に書かれており、機体形状が銃弾を元にしていることや音速突破の前にイェーガーが落馬してろっ骨を折ったエピソードもこの説明で知りました(現在流通しているキットがどこまで詳しい説明かは定かではありません)。説明書を読み、模型を組むことで機体の構造とその背景を理解できるという、知的好奇心を満たしてくれる好キットです。
チャック・イェーガーはX-1だけでなく、X-2,X-3,X-4など、初期のXのついた機体にも乗っているほか、宇宙パイロット養成ジェット機とでも言うべきNF-104であわやという事故にも遭っています。空軍軍人としてキャリアを全うし、年を取ってからF-15Dに搭乗したことでも話題になりました。
そしてXのついた機体に次の世代のパイロットたちが搭乗することになります。例えば、ドイツのメッサーシュミットP.1101をベースに作られたX-5を駆ったうちの一人は、ニール・アームストロングでした。彼が月に立つのは、それから10数年後のことになります。これまでX-PLANESは有人・無人を含めてさまざまな機体が作られ、テストに供されています。自動車のプロトタイプよりもっと世に出る可能性の低いスタイルのものもあって、実用ではなくさまざまなデータを収集するためだけに作られた機体も多いわけですが、そういったデータが、明日の航空機の開発に役立てられています。X-1も音速を超えることと、それに伴うさまざまなデータを収集した実験機と言えるでしょう。現在では音速を超える機体は軍用機では当たり前になっていることを考えれば、それを最初に成し遂げたイェーガーとX-1の功績は、その機体のオレンジ色のようにずっと輝き、色あせるものではないでしょう。
(参考文献 「世界の傑作機SPECIAL EDITION3 Xの時代」(文林堂)、タミヤ1/72エアークラフトシリーズNo1 ベルX-1マッハバスター 説明書)