「ベルシー駅? イタリー行きの汽車に乗るんだね。いい旅をね」と凱旋門の近くの小さなホテルから私を乗せたタクシーの運転手はそう言って車を発進させました。2002(平成14)年の8月終わり、私は夏休みの前半をパリで過ごし、ルーブル美術館に文字通り「入り浸って」、古代メソポタミアから19世紀絵画まで堪能しました。ここからはイタリアへの旅です。金曜日ということで渋滞を考えて早めにタクシーに乗りましたが、スムースに流れてくれて予定よりだいぶ早くパリ・ベルシー駅に着きました。これから国際夜行列車ユーロナイト「パラティーノ」で一夜を過ごすことになります。今回のブログはこの夜汽車の旅のご紹介です。
この前年からだそうですが、パリ発イタリア方面の夜行列車はそれまでのパリ・リヨン駅ではなく、少し離れたパリ・ベルシー駅発着となっていました。もともとはカートレインの発着に使われたりしていたようですが、パリ・リヨン駅に比べるとターミナル駅としての風格があるわけではなく、少々寂しい感じもします。待合室もありますが、イタリアに帰るお客さんが多いのかイタリア語が飛び交っています。掃除も行き届いていない感じであまり長居したいとは思わず、ホーム(立派な屋根もなかったですが)で列車を待つことにしました。
ややあって列車が入ってきました。このときは少々奮発しまして「エクセルシオール」というクラスを予約していました。トーマス・クック時刻表の説明によれば各室にシャワー、トイレを持ち、一人用と二人用のスイートという部屋がある、ということでした。
(パラティーノをけん引するフランス国鉄のBB26000形機関車。いわゆる「ゲンコツスタイル」の後継にあたります)
車輛の写真ですが、ホームが狭いことや、反対側にもパラティーノから少し遅れて発車するイタリア行きの列車「ガリレイ」が止まっているなど、撮りにくい環境でしたので、いいものが撮れていません。あしからず。
エクセルシオールクラスは機関車の次位にあり、てくてく歩いて車輌に向かいました。
途中で食堂車に食材などを積み込んでいるのが見えました。
このエクセルシオールクラスのほかに、MU寝台車「Treno di notte」(直訳すると「夜行列車」になるのですが)クラスや
コンフォート=クシェット(三段ハネに相当)も連結されています。
室内を見てみましょう。入り口側からの写真です。
入り口側に枕が置かれています。
発車予定の19:09になってもなかなか動きださなかったのですが、30分ほど経って、ようやく出発です。この仏伊を結ぶ列車については、フランス国鉄とトレニタリア(イタリア国鉄を引き継いだ日本のJRに相当する企業と思えば分かりやすいでしょう)が出資した「アルテシア」という企業体から「アルテシア」というブランドが冠されていました。車内サービスなどは他の夜行列車と同様、ワゴン・リ社が担当しています。
列車が出発してワゴン・リのスタッフがウェルカムドリンクを持ってきました。
国際列車ですのでパスポートを預け、食堂車の予約をしました。テーブルもかなり小さいです。ノートはA5サイズですから、大きさがわかるでしょう。部屋もその2年前に乗ったMUクラスに比べると狭く感じられます。シャワーやトイレをつけたりと、だいぶ詰め込んだ感があります。
20:00に食堂車に向かいました。以前、食堂車の話を書いた際にも触れていますが、この時に何を食べたか記録をつけておりませんでした。年齢も、出身も違う男4人(フランス人1人、イタリア人2人、日本人1人)がテーブルを囲み、赤ワインを飲みつつ、パスタ、メイン、デザートを食べたのだと思います。
それでも最後の方にはだいぶ打ち解けた我々でしたが、食後は各自の車輌に戻っていきました。
エクセルシオールクラスの廊下。狭いですが綺麗な内装です。
さて、室内の続きになりますが、トイレの上にタオルやセーフティボックスがありました。
洗面台と鏡。
洗面台の奥がシャワーとなっています。
引き戸で閉まるようになっていますがシャワー室内は大変狭く、とても難儀したことを覚えています。小柄な私でも窮屈に感じましたので、大柄な西洋人が乗ったらどうなるのか、気になります。
酔いも手伝って早々にベッドに入りました。寝心地は悪くありませんでしたが何度か目を覚まし、6:00頃に起きたと当時の日記にあります。列車はジェノバ、ピサと地中海沿いを走るルートをとっていますので、とても美しい景色が広がります。7:30頃、朝食(と新聞)が部屋に来まして、パスポートもこのときに返却されたのだと思います。
列車はまだ遅れています。何度か行き止まり式のホームに入ったことで私の車輌は最後尾になっていました。車端部にサービスカウンターがあり、ワゴン・リのスタッフが朝食用のコーヒーを準備していました。
部屋にずっといるのも退屈でしたので、車端部のカウンターでしばらく景色を眺めておりました。スタッフ氏も時間ができたのか、私に話しかけてきて、私が汽車好きと知るや、日本の夜行列車事情について聞かれました。その頃はご存じのとおり「ブルートレイン」も含めて日本の夜行列車もだいぶさみしくなっていました。ただ、北海道方面の列車(カシオペアなど)についてはかなり興味があったようで、何時間かかるのか、料金はどれくらいか、と言ったことを聞かれました。風景が後ろに後ろに流れていくのを見ながら列車はローマに向かいます。
結局ローマには定刻より40分くらい遅れ、10:30過ぎに着きました。一晩のちょっと豪華な旅も結びでございます。ローマ・テルミニ駅はお世辞にも治安が良いとは言えませんので、早々に駅を離れ、ホテルに向かいました。
実はもう一度エクセルシオールクラスに乗る機会があったのですが、あいにく車輌の都合で連結されず、MUクラスを二部屋提供するので使ってほしい、となりました。アルテシアという名前もなくなり、連結される車輌もだいぶ変わったようです。ただ、最近では夜行列車も見直されつつあるようですから、また、どこかの機会でこういった列車に乗ることがあるかもしれませんね。
エクセルシオールクラス用のドリンクメニュー。カウンターで別料金を払って頼むことができました。
裏表紙にはアルテシアのロゴとフランス国鉄、トレニタリアのロゴ、ワゴン・リ社のロゴが入っていました。
エクセルシオールクラスの形式図と写真(Luigi Voltan著 FS Carrozzeより)
一人部屋7室と二人部屋一室という構成のようです。
この前年からだそうですが、パリ発イタリア方面の夜行列車はそれまでのパリ・リヨン駅ではなく、少し離れたパリ・ベルシー駅発着となっていました。もともとはカートレインの発着に使われたりしていたようですが、パリ・リヨン駅に比べるとターミナル駅としての風格があるわけではなく、少々寂しい感じもします。待合室もありますが、イタリアに帰るお客さんが多いのかイタリア語が飛び交っています。掃除も行き届いていない感じであまり長居したいとは思わず、ホーム(立派な屋根もなかったですが)で列車を待つことにしました。
ややあって列車が入ってきました。このときは少々奮発しまして「エクセルシオール」というクラスを予約していました。トーマス・クック時刻表の説明によれば各室にシャワー、トイレを持ち、一人用と二人用のスイートという部屋がある、ということでした。
(パラティーノをけん引するフランス国鉄のBB26000形機関車。いわゆる「ゲンコツスタイル」の後継にあたります)
車輛の写真ですが、ホームが狭いことや、反対側にもパラティーノから少し遅れて発車するイタリア行きの列車「ガリレイ」が止まっているなど、撮りにくい環境でしたので、いいものが撮れていません。あしからず。
エクセルシオールクラスは機関車の次位にあり、てくてく歩いて車輌に向かいました。
途中で食堂車に食材などを積み込んでいるのが見えました。
このエクセルシオールクラスのほかに、MU寝台車「Treno di notte」(直訳すると「夜行列車」になるのですが)クラスや
コンフォート=クシェット(三段ハネに相当)も連結されています。
室内を見てみましょう。入り口側からの写真です。
入り口側に枕が置かれています。
発車予定の19:09になってもなかなか動きださなかったのですが、30分ほど経って、ようやく出発です。この仏伊を結ぶ列車については、フランス国鉄とトレニタリア(イタリア国鉄を引き継いだ日本のJRに相当する企業と思えば分かりやすいでしょう)が出資した「アルテシア」という企業体から「アルテシア」というブランドが冠されていました。車内サービスなどは他の夜行列車と同様、ワゴン・リ社が担当しています。
列車が出発してワゴン・リのスタッフがウェルカムドリンクを持ってきました。
国際列車ですのでパスポートを預け、食堂車の予約をしました。テーブルもかなり小さいです。ノートはA5サイズですから、大きさがわかるでしょう。部屋もその2年前に乗ったMUクラスに比べると狭く感じられます。シャワーやトイレをつけたりと、だいぶ詰め込んだ感があります。
20:00に食堂車に向かいました。以前、食堂車の話を書いた際にも触れていますが、この時に何を食べたか記録をつけておりませんでした。年齢も、出身も違う男4人(フランス人1人、イタリア人2人、日本人1人)がテーブルを囲み、赤ワインを飲みつつ、パスタ、メイン、デザートを食べたのだと思います。
それでも最後の方にはだいぶ打ち解けた我々でしたが、食後は各自の車輌に戻っていきました。
エクセルシオールクラスの廊下。狭いですが綺麗な内装です。
さて、室内の続きになりますが、トイレの上にタオルやセーフティボックスがありました。
洗面台と鏡。
洗面台の奥がシャワーとなっています。
引き戸で閉まるようになっていますがシャワー室内は大変狭く、とても難儀したことを覚えています。小柄な私でも窮屈に感じましたので、大柄な西洋人が乗ったらどうなるのか、気になります。
酔いも手伝って早々にベッドに入りました。寝心地は悪くありませんでしたが何度か目を覚まし、6:00頃に起きたと当時の日記にあります。列車はジェノバ、ピサと地中海沿いを走るルートをとっていますので、とても美しい景色が広がります。7:30頃、朝食(と新聞)が部屋に来まして、パスポートもこのときに返却されたのだと思います。
列車はまだ遅れています。何度か行き止まり式のホームに入ったことで私の車輌は最後尾になっていました。車端部にサービスカウンターがあり、ワゴン・リのスタッフが朝食用のコーヒーを準備していました。
部屋にずっといるのも退屈でしたので、車端部のカウンターでしばらく景色を眺めておりました。スタッフ氏も時間ができたのか、私に話しかけてきて、私が汽車好きと知るや、日本の夜行列車事情について聞かれました。その頃はご存じのとおり「ブルートレイン」も含めて日本の夜行列車もだいぶさみしくなっていました。ただ、北海道方面の列車(カシオペアなど)についてはかなり興味があったようで、何時間かかるのか、料金はどれくらいか、と言ったことを聞かれました。風景が後ろに後ろに流れていくのを見ながら列車はローマに向かいます。
結局ローマには定刻より40分くらい遅れ、10:30過ぎに着きました。一晩のちょっと豪華な旅も結びでございます。ローマ・テルミニ駅はお世辞にも治安が良いとは言えませんので、早々に駅を離れ、ホテルに向かいました。
実はもう一度エクセルシオールクラスに乗る機会があったのですが、あいにく車輌の都合で連結されず、MUクラスを二部屋提供するので使ってほしい、となりました。アルテシアという名前もなくなり、連結される車輌もだいぶ変わったようです。ただ、最近では夜行列車も見直されつつあるようですから、また、どこかの機会でこういった列車に乗ることがあるかもしれませんね。
エクセルシオールクラス用のドリンクメニュー。カウンターで別料金を払って頼むことができました。
裏表紙にはアルテシアのロゴとフランス国鉄、トレニタリアのロゴ、ワゴン・リ社のロゴが入っていました。
エクセルシオールクラスの形式図と写真(Luigi Voltan著 FS Carrozzeより)
一人部屋7室と二人部屋一室という構成のようです。