工作台の休日

模型のこと、乗り物のこと、ときどきほかのことも。

TOMIXのわらぶき農家で(少し真面目に)遊んでみました

2023年08月29日 | 1/150の周辺に
 高校生のコンテストや先日のJAMなど、いい作品を浴びるように見ておりますと、こちらも手を動かしたくなります。ちょうどJAMの期間中にYFSブースでTOMIXのわらぶき農家が大量に放出されており、これを使って遊んでみようと思いました。会期の二日目の夜のことでしたが、自宅で早速色を塗り替えたりして遊んでみました。
 TOMIXのわらぶき農家というのは、同社のNゲージのストラクチャーの中でも最古参に属する方で、かれこれ45年くらいたっていると聞いたことがあります。ちょうど我が家に鉄道模型がやってきたタイミングくらいですね。途中(といってもこの15年くらいでしょうか)、木の壁の色を茶系の色から黒っぽい色に変えた程度で、あとは付属のカラーパウダーなどがなくなったくらいでずっと市場に出ています。同社の「建物コレクション」でも農家は出ていますが、それを差し置いて大ロングセラーな製品です。

写真右が製品のままで、左が加工したものです。
では、早速色を塗り替えたものを見てまいりましょう。
作例1 Summer of '68

なるべく製品の成形色を活かすのと、作業時間が夜だったので、リビングでできる塗装ということで、溶剤を一切使わない方法をとりました。
地面はアクリルガッシュを使い、白っぽい土色となるようにしました。はじめから茶色ベースで混ぜていくと関東ローム層のような土色になってしまうので要注意です。
建物ですが、成形色を活かす、ということで水性塗料ファレホのブラックグレーを基調に、オールドウッド(古木色)などを少しずつ混ぜたもので黒っぽい木の部分を塗りました。白の漆喰やふすまの部分はは同じくファレホのオフホワイトです。製品では漆喰の壁にひび割れを黒で表現しているのですが、さすがにくどい感じもしましたので、カーキ色でなぞる程度にしています。また、井戸のパーツもありますが、こちらはファレホのロンドングレーという色にしています。この色、石の部分にも使っていますし、小さな納屋の屋根のトタン板にも使いました。



壁と地面が接するあたりは苔っぽい感じを出すためにダークグリーンを薄く溶いて塗りました。
屋根についてはカーキ系の色とライトグレー系に少量のダークグリーンを混ぜた色をごくごく薄く溶いて塗っています。
ここまでできたので建物に人形を配置してみました。トミーテック「ザ・人間」の農家の人々やカトーの家族連れ、公園の人々などから連れてきました。

都会から親戚の子供が遊びに来たような出会いの場面にしてみました。右側の小さな子供がちょっとびっくりして固まっているように見えますが、初めて出会ったいとこに驚いているのではなく、視線の先にあるおじいちゃんとおばあちゃんのそばにたたずむ大きな犬が気になっているのかも知れないですね。

ちなみに、作業時間は正味2時間でした。
この作例、早速JAMの最終日にブースに出しておきましたところ、わらぶき農家の売り上げにも多少は貢献できたようです。製品そのままでは「なんだかなあ」と思われるでしょうが、塗り替えて人形ちょっと置いただけで、立派な情景の完成です。

作例2 Autumn of '75
上記の加工例はイベントに合わせて急遽間に合わせた感もありますが、そのあとでもうちょっとこのストラクチャーに向き合ってみたいなあと思うに至り、ヨ〇バシのポイントでもう一軒ゲットしました。
今度は地面をタミヤカラーアクリルのXF57バフで塗りました。地面にところどころ水たまりがあるような感じを出したくて、タミヤエナメルのクリアーで再現してみましたが、あまりうまくできませんでした。
建物ですが、成形色のことは気にせず、より枯れた方向に振ってみました。木部については先ほどのファレホのオールドウッドをベースにブラックグレーを少量混ぜたり、グレー系の色を足したりしながら、自分の気に入る色を作って塗りました。


漆喰の部分はタミヤカラーアクリルのXF55デッキタンをベースにしていますが、こちらも後でベージュ、グレーなどを混ぜた色でウォッシングしています。

屋根についてはグレーを基調にカーキなどを混ぜて薄く溶いたもので塗っていきました。わらぶき屋根特有の「なんとなく黒ずんでいる感じ」が出せたのではないかと思っています。
納屋の方もだいぶくたびれた感じを塗装で再現しました。木の板をつないでいるのは金属なのか、だいぶ錆びているような感じを出してみました。作例1では薪を燃料としてまだ使っていたのか、束になって納屋の前に積まれていましたが、こちらはドラム缶が置いてあるので、燃料事情も近代化されたのでしょう。なお、ドラム缶はSWEETの1/144製品です。

こちらも人形を配置してみました。こちらもトミーテック、カトーの人形たちです。

制服姿の女の子は隣にいる女の子の友達なのか、親戚なのか分かりませんが、家族に挨拶している感じですね。

縁側にいるおじいちゃんおばあちゃんのところに来た孫でしょうか。

こちらは正味4時間程度でできました。
あらためて二つ並べてみました。

自分で言うのもなんですが、どちらも気に入ってます。素性がいいのでいくらでも加工できるのでしょう。人形についても数百単位で並べられたジオラマを見て感嘆するるのは自由ですが、こういう小さなシーンだからこそ生きてくるものもあります。人形のポージングなどで動きや意思が限定されてしまうのはある程度仕方がないのですが、そこからどんな会話や物語が生まれてくるのか、考えながら配置するのも楽しいものです。これらの建物が近い将来レイアウトにはめ込まれることを期待したい(って昔のTMSかよ)、なんてね。

ちなみに作例についた題名はいずれもT-SQUAREのバラードの曲名です。


今回の作業で使った塗料ほかの一部です。鉄道車両や飛行機とは違う塗装も楽しいものです。





  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

国際鉄道模型コンベンション2023レポート Part3

2023年08月24日 | 鉄道・鉄道模型
 国際鉄道模型コンベンションのレポートの締めくくりは「クリニック」と呼ばれる講座です。こちらは第一回から欠かさず実施されており、もともとアメリカのコンベンションでこうしたクリニックもさかんに行われていることから、日本でもコンベンションを開催するにあたり、ただクラブのレイアウトを見せるだけではなく、クリニックも開催されるようになったのでしょう。アメリカの場合、コンベンションは一つの場所ではなく毎年違う州で開催されていることから、彼の地の趣味人口とモデラーの層の厚さもうかがえます。ちなみに鉄道模型以外にもコンベンションといったものがあり、以前いた職場の同僚が弦楽器のコンベンションを見るために、夏休みを取って渡米したことがあり、そのときのことを聞いたことがありましたが、クリニックなどは趣味の領域を超え、そのまま論文としてまとめられそうな出来だった、とのことでした。
 本題にもどりまして、私は今年、三つのクリニックを受講しています。初日は佐々木直樹氏による「日本を走ったオリエント急行」を拝見しました。1988(昭和63)年にオリエント急行の客車がパリからシベリア鉄道を経由して来日、JRの本線上を走った話は、以前このブログでも書きました(2018年12月の「青い客車へのオマージュ」参照)。
 佐々木直樹氏はこのときカメラメーカー勤務の若きビジネスマンでしたが、全国各地を走るオリエント急行を追い続けました。このクリニックでも時折コメントをはさんでいた嶋野崇文氏とともに、趣味誌でよく名前を見かけたものです。クリニックでは当時撮影した写真を元に、列車の運用や撮影の裏話などを聞きました。列車、車とあらゆる手段を使って東奔西走してその姿をカメラに収め「今だから言えるけど・・・」ということで、撮影場所等については少々ルール違反もあったということで、良い子のみんなはマネしないでくださいね、な話もありました。
 それぞれの写真を拝見しますと、この編成そのものがかなり重量のある客車によって組まれていたそうですが、平地ではED75が1輌でけん引しているのが意外でした。また、JRの部内で周知される運行表の写しなども紹介され、臨時列車ではありながらただの臨時列車ではない特別な運用であったことも分かります。
 そしてこの列車を日本に呼ぶことができたのは国鉄を経てJRで要職に就いていた山之内秀一郎氏とフジテレビの沼田プロデューサーの情熱によるものということで、フジテレビでは1982年にオリエント急行の特番を放映し(私も観た記憶があります)、いつか日本に持ってきたいという夢があったとか。オリエント急行の運行会社は当時二つあって、フジテレビは当初ヴェニス・シンプロン・オリエントエキスプレス(VSOE)を呼ぶつもりで話を進めており、かなりが話が進んだところでとん挫してしまい、もう一つのノスタルジー・インスタンブール・オリエントエキスプレス(NIOE)と交渉して実現したとか。実はフジテレビとNIOEが契約を結んでから1年も経たずに運行が実現しており、当時の(バブルに沸いた)日本の熱量も感じられる話です。さらに言えばシベリア鉄道横断についても当時のソ連の対外融和策があったから実現した話でしょうし、日本側についても国鉄からJRになって間もなくで、まだ国鉄時代の余裕や良さも残した現場でもあり、あの時代だからできた、ということを改めて噛みしめました。この数年後にユーゴスラビアで内戦が勃発したことから、途中、ユーゴを通るイスタンブール行のオリエント急行の運行も叶わなくなり、客車も散逸しました。今はオリエント急行というとVSOEですが、NIOEの車輌についても散逸した客車が再び集められ、他の資本で復活プロジェクトもあるという話も当日はありました。NIOEの車輌は極力製造当時の姿を内外装ともに残す、ということをポリシーとしており、そこがまた魅力でしたが、復活したとしても石炭ストーブなどはさすがに難しそうだ、という話もありました。
 二日目は「時刻表ウラ話」ということでJTBの時刻表編集長を務めた経験のある木村嘉男氏のお話でした。JTBの時刻表は最近はさすがにお世話になることは減りましたが、学生時代はどんなに重くとも旅行かばんに時刻表を入れるスペースを作っておいたものです。制作については知っている話もそうでない話もあり、資料の入手もJRは紙で、民鉄ではメールでとフォーマットが異なっているほか、せっかく編集しても後から追加・訂正が誌面上出現する苦労も知ることができました。また、実際の誌面を例示しながら、乗り継ぎなど乗客の利便性を考えた時刻の表示だったり、定期列車が日付によって頻繁にダイヤが変更となる際の表示など、読みやすくするための(残念ながら読みやすさにつながらないときもあるようです)工夫が随所にあることを具体的に知ることができました。また、第三種郵便として通用させるために時刻表の冊子の重量を1kgに収めるための涙ぐましい努力もあり、上下の一部を裁断してなんとか1kgに収めた、という裏話もありました。このところはモニター画面で済まされる講師の方が多いのですが、紙のレジュメも用意され、鉄道150年と30のトピックといった資料や、遠い将来も含めた鉄道の今後の動向についても記載され、なかなか役に立つ内容でした。JTBの時刻表もそろそろ創刊100年だそうですね。
 三日目は「若手が語る古典列車の魅力」と題し、いずれも平成育ちの若手趣味人・谷川雄介氏(ロコモーション号など、初期の蒸気機関車の模型で知りました)、古典客車を中心とした「IORI工房」を主宰する風間伊織氏の二人による古典列車ガイドでした。古典という定義は難しいのですが、その中で直系の子孫を持たないものというのをいれていたのはなるほど、というところです。明治の機関車はともかく、大正期に登場した9600や8620についても既に100年経っていますから、若手から見たら「古典」と映るというのも少々意外でした。個人的には明治期と大正期で分けてもいいのかなとは思います。その時代を生きたわけではないので何とも言いようがありませんが、当時の人たちの思いなどに触れるにつけ、明治と大正で大きな時代の区切りがあるのではないかと思っております。当日は若手から斯界の大ベテランまで、さまざまな方が会場を埋めていましたが、古典機に興味を持ったきっかけについて、各年代層の趣味人にアンケートを取られたそうで、年配の方ならTMS誌や機芸出版社の「陸蒸気からひかりまで」、若手では「汽車のえほん(機関車トーマス)」といったあたりで、たしかに汽車のえほん(最近の原作を破壊したアニメでは無くて私は原作原理主義者であることをここにことわっておきます)に描かれる、特にナローゲージの機関車たちはかなり癖が強く、また古い車輛たちであります。「陸蒸気~」も「汽車のえほん」も子供の頃に愛読しましたので、私は両方から古典期を知った世代にあたりますね。私も明治の機関車については保存されている実物を見に行ったりしますし、模型でもいくつか持っています。就職してからですが初めて買った16番の製品が珊瑚模型店のB6(2120)型でした。機関車についてもさることながら、客車については製品も少ない中で、IORI工房さんは簡単な公式図面や写真から製品を作られたということで、その探求心とエネルギーには敬服いたします。件のB6も後ろの客車に恵まれておらず、ここはキットを組んであげなくては、ですね。
 また、興味深かったのが車輌の色についてでして、明治期の車輌についてはその多くにおいて、塗装の詳細がよく分かっていません。それ故にさまざまな解釈が可能ということで、巨大なブレーキバンをつけた後の190型の塗装についてもいくつかの説を紹介されていたほか、模型でもさまざまな色に塗って紹介していました(前回のブログの「或る列車」の上に展示されていたものです)。最近はやりのAIによる白黒写真のカラー化については、この時代のガラス乾板の写真についてはまだ正確に再現するのが難しい(青系の色が白く写るなど、独特の色合いになるようです)ということで、錦絵の色使いが近いところをついているのかも知れませんね。私自身は古典列車もさることながら、それらが走った明治期のレールにも興味があるものですから、趣味人として大いに刺激になる時間でした。
 長々と書いてしまいましたが、JAMのレポートはこのあたりで。また来年、JAMの会場でお会いできますことをお祈りして。
 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

国際鉄道模型コンベンション2023レポート Part2

2023年08月23日 | 鉄道・鉄道模型
 今回は前回お伝えできなかった車輌関連とメーカー等の展示から。
 インターアーバン・ワールドさんはアメリカのインターアーバンの車輌を、大きなスケールで展示しているのが印象に残りました。


 アメリカのベテランモデラーのフルスクラッチ、という作品もあって、どうやって作ったのか気になってしまいます。
 この展示で一緒に飾られていたのは昨年の高校生コンテストで優勝した灘中学・高校のシカゴの風景

私も子供の頃愛読した、バージニア・リー・バートンの「ちいさいおうち」も再現されています。あの絵本にも高架線を走る電車が出てきて、本から轟音が聞こえてきそうでした。


あつまれ、鉄道模型ものがたりはメンバーが担当したクリニックも盛況でしたが、明治期をはじめとした古典車輛が展示されていました。若いモデラーたちの展示に、ベテランモデラーが質問しているというのも新鮮です。
九州鉄道の豪華列車として輸入されるも、鉄道国有化で九州鉄道も消え、編成ごと「無かったこと」にされてしまった「或る列車」。



ステのアトリエでは軍用列車や列車砲などが展示されていました。
列車砲は第二次大戦ドイツ軍のものですが、既存の製品を参考にしつつ、既存の製品ではできなかったカーブを曲がれるようにしたのが特徴だそうです。

(昔、ハセガワ1/72で作ったなあ)
さりげなくポルシェ製のタイガーが載せられていました。


走ることはできませんが、大きな模型ならではの精密さで個人的にツボだったのはROOM237。


1/22ということで、内装まで実に細密に再現されていますが、苦労話も含めて聞くことができました。博物館の大型模型好きにとっては、一般のモデラー(しかも若い)がチャレンジしているのを見て、とても嬉しくなりました。
こうした若いモデラーたちが、これからもJAMで展示を続けていかれることを期待したいです。

メーカー等の展示から。今年は特別に「KATO関水金属の世界」として、KATOの製品の歴史などが展示されていました。

EF58、たくさんありますねえ。私も一つの形式で一番持っている電気機関車となるとEF58だったりします。塗装の違いだけでかなりありますからね。

IMONに隣接して、グループの機芸出版社ブースには先日亡くなった小林信夫さんの原画が展示されていました。

(火の見櫓のキットの説明書でしょうか)



モデラーの展示が充実したこともあり、企業(物販)のエリアは一時期ほどの面積ではありませんが、それでも盛況ぶりは相変わらずでした。

こんな展示もありました。

50周年!ケ-100が帰ってきたという展示で、SLブームの頃に放映された「走れ!ケ-100」というドラマの主人公、ケ-100を復元したものだそうです。小さな模型から大きな模型まで、みなさんの情熱に触れた三日間でした。

次回はクリニック(講座)のことなどをお話しします。

 

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

国際鉄道模型コンベンション2023 レポート Part1

2023年08月22日 | 鉄道・鉄道模型
 会期途中でレポートをあげたかったのですが、結局会期終了後のレポートとなりました。今年の国際鉄道模型コンベンション(JAM)についてお伝えしていきます。

 個人的に昨年は、プロ野球選手で言うところの「特例2022」だったものですから、最終日に少しだけ顔を出すことしかできませんでした。今年は見る側だけでなく、ミニチュア人形のYFSさんでの出展、販売のお手伝いといったことも行いました。
 さて。今年のJAMですが、メインテーマを電気機関車としていました。入り口近くには日本と欧州の電気機関車の写真が数多く展示され、とても印象的な写真ばかりでした。
 日本の電機については大好きなEF57の写真ももちろんあって、東海道で特急「はと」を牽く栄光の時代、さらに時が下って上野口の夜行急行を牽く写真が並んでいて印象的でした。特に後者の客車たちの「やさぐれ感」が何とも・・・という感がしました。


 他の電気機関車についても、私が生まれる前のものから、雑誌等でよく見かけたブルトレブームの時代、さらに現在と、見ごたえのある展示でした。試作機ED500が死重のコンテナ貨車(しかもコンテナは目的が目的なので古いものばかり)を牽引してテストしている光景などもありました。

 欧州の電機についても有名どころだけでなく、チェコやスロバキアといった「中欧」の電機もなかなかお目にかかれないので、こういった機関車の写真も印象的でした。

(スロバキアの電機。何とも独特なスタイル)

(イタリアの電機。この武骨なスタイルは今もファンに人気)
 また、今なお人気を誇る機関車FE58についても全機(EF18も含む)の写真が掲示されており、これは圧巻でした。「ゴハチ」に関しては皆様「お気に入りの一輌」があるのか、特定の番号の前で長い時間足を止めている方も見かけました。
 
 本題にまいりましょう。各サークル等の展示ですが、このところは新しい参加者も増えているような感じで、楽しみ方はそれぞれだなあと益々その思いを強くしました。まずはレイアウトから。
 ランドスケープPJの展示は実物を縮尺したかのようなリアルで大きな情景が得意。新宿の南口です。

YFSブースでも渋谷のスクランブル交差点のジオラマを置かせていただきました。
 同じ新宿をテーマにしたものでも、こちらはぐっと時代をさかのぼっています。激団サンぽーるの新宿駅東南口。

さすがに都電が走った時代までは知りませんが、昔の新宿駅、特に南口界隈と言えば独特の近寄りがたい感覚がありました。こちらのサークルのモジュール、どれを取っても題材が渋い。
 サークル名を控えておりませんでしたが(失礼)、江ノ電をテーマにしたものも。


江ノ電沿線らしい密集感がよく出ています。
 鉄ちゃん倶楽部はおなじみ水上周辺のモジュールを展示。水上駅とその周辺の表現がとてもいいなと思っています。

 海外の鉄道も。こちらはFormosa Rail Club。台湾の鉄道でおなじみの展示です。

車輌ももちろん「台湾型」です。

欧州型も元気です。
Gezellig Spoor(心地よい鉄路)のメッシーナ海峡を渡る連絡船でしょうか。こちらの展示もおなじみになっています。

結伝社のヨーロッパ型の展示

スイスのコンテナ貨車編成

新幹線や高速列車を中心に、大きな半径のカーブでダイナミックな走行を見せていたのが、新幹線走らせ隊。

留置されている車輌もなかなかです。


コンピュータ制御の自動ダイヤ運転をしていたのが追兎電鉄。

家人に連れられて見に来ていた豚児の一番のお気に入りでした。線路配置などがなかなか巧みで、子供たちが興味深そうに眺めていました。豚児が見やすいようにと踏み台まで用意していただいたと聞いております。本当にありがとうございました。
 次回は車輛関連です。







 

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2023国際鉄道模型コンベンション、始まりました

2023年08月19日 | 鉄道・鉄道模型
昨日から東京ビッグサイトにて、国際鉄道模型コンベンションが始まりました。リアル版工作台の休日につきましては、スペースの都合で実演の方は遠慮させていただいておりますが、おかげさまでYFSブースにたくさんの方がいらっしゃっていて、大変ありがたい限りです。
今日も時間帯にはよりますが、ブースの方にもおりますので、暑い中ではありますが皆様とお会いできますことを楽しみにしております。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする