マックいのまたのMalt Whisky Distillery

モルト好きで株式公開/上場(IPO)の経営戦略,マーケティング,M&Aを支援する経営コンサルタントのプライベートブログ

ニッカウヰスキー80周年おめでとう

2014-05-21 16:31:20 | グルメ
今年はニッカウヰスキー社の創立80周年にあたる記念年だそう
です。それにしても、80年も続く会社というのは、企業の平均
寿命が7年ですから11倍以上の長寿企業であり、それだけ人々に
愛された会社ということでしょう。素晴らしいという他ありません。
本当におめでとうございます。

しかしながら、これも90年以上前に広島の造り酒屋の三男坊が
「オレは洋酒がやりたい」といってスポンサーを見つけ出し、スコッ
トランドに単身留学して技術を身に着け、その技術と文化を日本に
伝えたからです。

そういう意味で、竹鶴政孝氏があったからこその日本のウィスキー
でしょう。

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人間社会の歴史とくに資本主義社会では、最前線で功を挙げた張
本人ではなく、スポンサーや企業の名前が前面に出るものですが、
きちんと張本人に焦点を中てるという点で、ニッカウヰスキー社の
取り組みは正しいと評してよいのではないでしょうか。

その想像を絶して余りある歴史の最後尾にいる私たちは、簡単に
製品を購入して酔っ払い、あーでもないこーでもないと評論して
楽しんでいる訳ですが、それもこれもすべてこの偉大な歴史の先
駆者が己に正直に夢を追い、扉を開いてくれたからこそです。

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今年の後半には、竹鶴政孝とリタ夫人のストーリーがNHKの連
続テレビ小説として放送される予定ということですから、今年の
余市は観光客で溢れ賑やかになるだろうことが目に浮かびます。

しかし、雲の上でのんびり暮らす御大ご本人は、おそらく下界を
眺めながら楽しく酔っ払い、豪快に笑って「もっと己に正直に生
きよ」と話しているのではないかと思います。

「ウィスキー一筋で生きてきた。その意味では一行で片づく男である」

「ウィスキーのために生き、後に”日本のウィスキーの父”と呼ば
れた男・竹鶴政孝。
その人生を振り返れば、ウィスキーで苦しみ、ウィスキーで喜んだ
人生であった。
ウィスキーの仕事は恋人のようなもので、恋をしている相手のため
なら、どんな苦労も幸せだった。
孤独と戦いながらも学び続けたスコットランド留学時代、理想の
蒸溜所設立のために奮闘した時代。
本物のウィスキーをつくりたい、その夢がすべての力となった。
時の流れを経てウィスキーが琥珀色に変化するように、
夢を追う竹鶴政孝の人生もまた美しく色づいていったのだった。
晩年の竹鶴政孝は、自分の作ったウィスキーを時間をかけてゆっくり
楽しんだという。
ウィスキーに人生を捧げた男にとって、これにまさる幸福はないで
あろう。」

ウィスキーの製造と販売を事業として営む会社を経営するには、
変えないモノづくりと、変わる商品づくりの高度なバランスが要求
される。

余市のオフィシャル10年がコンテストに入賞し、ニッカといえば
余市、余市といえば竹鶴政孝という時代を経て、現在はニッカとい
えば竹鶴という時代に入ったように思われる。この現象が余市が
社会に消化されて成熟した結果ならば素晴らしい。しかしながら、
もし余市が不完全消化のまま竹鶴ということになるのなら、それは
晩年の政孝がゆっくり楽しんだウィスキーとは異なるものになって
しまうだろう。

だからこそ、これから将来のニッカウヰスキーの歴史を紡ぐために
も、製品からマーケティングに至るまでの温故知新を求めたい。

それこそが、創業80年をして竹鶴政孝の魂に報告すべきすべてで
はあるまいか。
 

感謝!