『 彼岸花 』 森川 雅昭さん 撮影
この花は、理由は分からないが私は昔から妙に大好きだ。
お彼岸に格別な思い入れも、思い出もあるわけではないけれど。
うちの庭でもふと気がつくと、何の手入れもしてやらないのに
毎年けなげにもちゃんと咲いている。
緑の中に真っ赤な花が心に沁みるようだ。
今日は11人が参加。朝から快晴爽やかな秋の日だった。
心配された台風も大きく海上にそれた大事はなかった。
傘を支えながら合羽を着て、いつもなら自転車で行けるのだが、
歩いて歯医者に行かされたのと、その翌日も同様に眼科までと、
次の日の日曜のスケッチ会が中止になったこと位の被害だった。
幸い古い我が家も雨は漏らなかったようだ。
昨日今日辺りはまた暑くなったが、日の暮れるのが早くなったし、
日差しは部屋の奥まで差し込んでくる。私の布団は一枚多くなったし、
確実に秋が来て居るのが感じられる今日昨日である。
2台で11人は賑やかで良いけれど、球拾いがどうしても多くなって
しまい、どんどんやりたい方には一寸不満だろう。
これも3台に復活するまでの我慢だ。そうなればこの参加者の11~12人
位がちょうど良いだろう。
さて話は変わるが、スタートしてまだ間もないのに、新内閣は早くも一つの
試練に立たされたようだ。彼らは何とも感じず、危機意識すらないのだろうが、
あの学術会議の推薦人への首相の拒否(しかも本人は理由を言わない、官房長官
は何もおかしいことはないと胸を張る)というのは、一見我々にとっては、
増税とか、何々の禁止とかGOTOキャンペーンなどとは違って、直接に関係ない
ように思われるが、よく考えるとこれはとても空恐ろしいことである。
政治が、第三者の有識者とか学者などの正論、いさめ、提言、忠告を聞かなくなったら
暗黒の世界に近づいているという。
先の大戦の勃発は、時の政権が周りの意見、提言を一切聞かず、独走したのが主原因
だったと言われている。そんな70~80年も前と、同じことをまた繰り返しては
ならない。人間も社会も、進歩したと言うけれど、人間の本姓、性というものは永遠に
変わらぬものなのだろうか。
小人が、貧乏と逆境とに努力して育ち、その力によってやがて権力を握った時には、
金持ちや二世のボンボン政治家などの場合より、ある意味で始末に負えず恐ろしいことが
多いという。やっとつかんだ栄達や権力をしっかり握り、酔い痴れ、劣等感の裏返しなのか
人を見下し、得てして強権、独裁傾向になるケースが多いのは歴史が証明しているし、
心理学でも説明が付くと言われている。
今の首相も、政治家というより事務屋的で、淡々と常識的に物事を処理して行くだけの
人物だとみていたので、期待はしないがある意味安心で、その反面もの足りないのでは
という感じだった。
それが今度の、理由も示さないでの学術会員の拒否には、ふとこんな事を思い出し、
80年前から度々繰り返された事例と同じかと心に冷たい風が吹いて来るのを覚える。