「苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。 」 新改訳 詩編 119編 71節
「卑しめられたのはわたしのために良いことでした。わたしはあなたの掟を学ぶようになりました。」 共同訳 詩編 119編 71節
万物の成長を止める冬こそ、土壌にとっては安息の時であり、
その間に来年の目覚ましい活躍のための復活の力が蓄積されるのです。実に行き届いた神の愛の配慮ではないでしょうか。
私たちはこの寒い冬の中にあっても、尚その中に秘められた神の愛のみ心を悟って、この寒い冬の為にも感謝することを学びたい。
ところで自然界に冬が来るだけではなく、私たちの人生にも冬があります。時には花咲く順調な春もあるでしょう。
あるいは額に汗して労する勤労の夏もあるでしょう。成功の実を楽しむ収穫の秋もあるでしょう。しかし
また日の光さえ見えない逆境の冬も何回となく回ってくるのです。自然界に冬を与え、草木のために配慮して。
人間のために最善の取り計らいをしてくださる神は逆境の中にも、必ず恵みを備えてくださると言う事を学びたいものです。
聖書から
「 なぜなら、肉の父親は、短い期間、自分が良いと思うままに私たちを懲らしめるのですが、霊の父は、私たちの益のため、
私たちをご自分の聖さにあずからせようとして、懲らしめるのです。 」 新改訳 ヘブル 12:10
「 肉の父はしばらくの間、自分の思うままに鍛えてくれましたが、霊の父はわたしたちの益となるように、
御自分の神聖にあずからせる目的でわたしたちを鍛えられるのです。 」 共同訳 ヘブル 12:10