…かつてフーコーは、パノプティコンに代表されるような、「どこかから自分を監視してくる視線」を主体的に内面化させ、それによって人々を「法に従属する主体」に作り変えていく権力を、「規律権力」と名付けた。
しかし、フーコーによれば、現代では「規律権力」は徐々に「安全装置」と呼ばれるものに取り替えられつつあるという。
安全装置においては、統計に基づいて制度や環境に介入することによって、たとえばある地域の犯罪の発生率をさげたり、危険とみなされる行動を未然に防いだりすることが目指される。
この二つの権力には明確な違いがある。
規律権力が個人を「良い主体」へと教育・訓化することを目的としていたとすれば、安全装置はもはや個人を教育・訓化するのではなく、むしろ諸個人の行動を集団的に取りあつかい、コントロールしようとする権力なのである。
日時
2022年2月27日(日)14:00〜16:00
場所
NPO法人ガジュマルの船事務所およびオンライン(zoom)