厳

泳ぐのは楽しいものだ。
今にしてみれば、だが。

幼い頃は嫌で嫌で、苦痛で仕方なかった。
仮病でもなんでもいいから、
あらゆる手段を使っても逃げ出したかった。
スクールが休業してしまえば良いとさえ毎日思っていた。

だがそんな子供の浅知恵など、
あの厳格且つ尋常ならざる頭脳と洞察力を持つ母に通用する筈もなく、
いつも引きずられるように水泳に通っていた。

大量に水を飲んでは胃の中のものを全て吐き、
頭を押さえつけられながら何十往復と泳ぐ事を課せられた。
今の時代ならいちいち騒ぐんだろうが、
あの頃はそんなスパルタは当たり前だった。


おかげで今、最後に自分が縋る事が出来ているのは
あの時身に付けた技術なのだから、数奇なものだ。

同時に
怪我によって思うように泳げなくなっている己を、
あの幼い頃の僕が笑いながら見ている錯覚を見た。

たった25メートル、それを得意のクロールで、
10数秒かかってしまう今の僕を
あのどうしようもなく怠け者だった少年は笑っている。

少年、親の厳しさに感謝しろよ。


こんなになってしまったのに、
僕はあの頃があったおかげで、闘志を失わないでいる。

感謝しろ、全ての厳しさに。