まさおさまの 何でも倫理学

日々のささいなことから世界平和まで、何でも倫理学的に語ってしまいます。

この世の中でも外でも無制限に善いものは何か?

2011-01-06 18:29:36 | カント倫理学ってヘンですか?
「およそこの世界においてはもちろん、それどころかこの世界の外においてすら、無制限に善いとみなしうるものがあるとするなら、それはただ善意志のみであって、それ以外には考えられない。」(『道徳形而上学基礎づけ』第1章)


 この文は、カントが自らの倫理学を打ち立てた初めての書 『道徳形而上学基礎づけ』 の本論を書き始めた冒頭の一文です。この文からカント倫理学はスタートしていると言っていいでしょう。ここからしてすでにもう、とてつもなくヘンです。文全体としては、とにかく無制限に善いもの、誰がなんと言おうと絶対に善いと言えるようなものって何だろうと考えると、それは善意志、つまり善い意志しか考えられない、ということを言おうとしています。善意志ってどういうものかという話は今後追い追い説明していくことにしますが、私が笑ったのはこの文の最初の部分です。「およそこの世界においてはもちろん、それどころかこの世界の外においてすら」 ってどういうことでしょうか?
 「この世界の外」 というのは、要するに 「あの世」 のことです。「あの世」 って言ってしまうと宗教色が色濃く出てしまいますが、どんなものであれ、私たちが住んでいるこの世界とは別の世界のことを意味しています。カントがあの世についてどう考えていたかというのも、そのうちお話しする機会があるでしょう。とにかく、私はカントのこの冒頭の言葉に二つの意味を重ね合わせて読んでいます。
 ひとつには、この世だけではなくあの世にも通用するような絶対的に善いものをカントは見つけ出したいと考えているのだと思います。私たちが生きているこの世界だけではなく、別のどんなところに行こうとも必ずやこれだけは絶対に善いと言えるようなものをカントは探し求めています。
 もうひとつの読み方としては、この世に存在しようが存在しなかろうがかまわない、という意味にも取れます。万が一私たち人間が住んでいるこの世界には存在しなかったとしても、どこか別の世界には存在しているかもしれないであろう、無制限に善いと言えるものって何だろうかとカントは考えています。実際、カントは 『道徳形而上学基礎づけ』 の後のほうでは、善意志はこの世には見出されないかもしれないと言っているのです。
 この世だけではなくあの世にも通用するような、いや、ひょっとしたらこの世には存在していなかったとしてもかまわないから、とにかく無制限に端的に善いと言えるものは何だろうかとカントは考えているのです。なんでそんなことを考えなきゃいけないんだと普通の人間なら思うでしょう。私もこの問いはとてもヘンだと思います。でも、人間の理性はそういうことを考えることができるのです。世界の始まりってあるのかないのかとか、世界を構成している一番小さいものは何だろうとか、そういうギリギリ限界のことを人間は考えることができますし、誰もこの世で会ったことがある人はいないにもかかわらず、神とか創造主と呼ばれるような存在者はいるのだろうか、もしもいるとしたらその存在者はどのような性質をもっているのだろうかといったことを考えることができます。というか、人間の理性はそういうことを考えたくなってしまう習性があるのだ、というのが、カントの有名な大著 『純粋理性批判』 が明らかにしたことでした。
 理性のその習性に従うと、善さという問題についても、人間の理性は常識的なことを踏み越えて、極限的に善いものは何だろう、人間に可能かどうかとかそんなことはどうでもいいので、とにかくもう誰がなんと言おうと最終的に、絶対的に、無条件的に善いものは何だろうという問いを立て、それについて考えることが可能だし、考えたくなってしまうものだというのです。カント倫理学がヘンだというのは、そもそものこの出発点の問いに原因があります。こんなにとんがった問いに対する答えなのですから、普通の人間の常識ではついていけないとしてもしかたないでしょう。しかし、考えてみることができる以上、一度は考えてみてもいい問題ではなかろうかと私は思っています。人間にとって実現可能かどうかなんていうみみっちいことは置いておいて、とにかく純粋で完全無欠な善とは何だろうかと考えてみるのです。
 それに対するカントの答えが 「善意志」 でした。善い意志です。はたして他の答えは考えられないのか、もっと善いものはありえないのか、そもそも善意志って何なのか、そういったことについては次回以降考えていくことにしましょう。とにかくカントは、この世の中であろうと外であろうと無制限に善いと言えるものは何だろう、というものすごーくとんがった問いから出発したのだということを覚えておいてください。