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miss pandora

ONE KIND OF LOVE

愛にはいろいろ種類があるの
全部集めて地球になるの

インジンさん-(1939)

2019-08-22 14:58:16 | マミィズストーリィ
text:Clara Yoshiko Y. りつ子の「思い出ノート」から
-インジンさん-(1939)

りつ子も隣りのしづちゃんも、
「よーい、ドン!」
と大声で言って走るのが大好きで、キャッキャッ言いながら、後になったり先になったりしながら横の通りを走って行きました。
しづちゃんは、りつ子が
「ドン!」
と言った時も、自分で
「ドン!」
と言った時も、第一歩を出すのがちょっと遅いのです。でも走るのがりつ子よりちょっと早いから、ちょうどいい具合です。
しづちゃんとりつ子は、オカッパ頭をゆらしながら砂留町に出る坂を下りて行きました。
コスモスの花が咲き乱れている道路の右側の崖の下に線路があります。いつも踏み切りのあるところまで走って、帰りはゆっくり風に吹かれながら上って来ます。まわりに人がいない時は、崖の手前にある棚を越えて行き、草のぎっしりと生え揃った平らな所でお休みにします。しかし、その日は少し違いました。
道路の左側に、粗末な板を打ちつけた貧しい家がありました。突然、子供の泣き声が聞こえたと思ったら、赤ちゃんをおんぶしたお母さんが、大きなどなり声といっしょに、子供をかかえて飛び出して来ました。
「又こんなに服汚して……、そんなに外がいいなら入ってくるなっ!」
ほおり出されたのは、色が黒いやせっぽのチビでした。顔中を涙と鼻水だらけにして、足をバタバタさせながら、
「いやだいやだ。ごめんよー」
と言っているのですが、何だか力が足りません。お母さんが、はさみをバリカン代わりにして切ったらしい坊主頭に、泥がつまり、だぶだぶの半ズボンの裾は、ほころびて細い足が弱々しく出ています。
びっくりした二人は、道路脇に急停車しました。でも、その間は何秒くらいだったでしょうか。目と目が合った時、二人はすぐにお互いが何を考えていたか分りました。
「泣かないで、もう一度お母さんに謝りなさいね。」
といいながら、あとはもうだまって泥を払い、ちり紙を出して鼻のまわりや、涙を拭いてやりました。しづちゃんは、頭を撫でてやって、
「すぐお家に行きなさい。」
といいました。男の子は、大きな目に涙を一杯浮べて、じっと二人を見上げてから、疲れ果てたおじいさんのような足どりで、よろよろと二、三歩行き、家に入るのが悲しいみたいに、もう一度振り返りました。りつ子は、手で〈早く早く〉の会図をしてやりました。
しばらく二人は、だまって歩きましたが、しづちゃんは、
「お母さんに叩かれたら、あの子死んじゃうよ。」
と言い、りつ子も
「どうしょう、服汚したくらいで、あんなにお母さんおこって………。」
と話し始め、今まで楽しく走っていた事などすっかり忘れて、重い気持で家に帰りました。
それから四、五日も経ったでしょうか、タ方になって級の友達の家から帰ったりつ子は、のどが渇いたので、台所へ水を飲みにいきました。
「赤いくつ はいてーた女の子、インジンさんに連れらって、行ったったー。」
少し開けてある窓から聞えてくる幼い子供の歌声。パチパチと拍手の音。子供が何人か集っているみたいです。りつ子は、おばあさんの下駄をはいて裏口から出て行きました。
通りの上にある広場で何かやっているようです。近づくにつれて、歌う声が大きくなります。しかし、それが誰かわかった時、りつ子には実に大きなショックでした。
歌っていたのは、お母さんに、ほうり出されて泣いていた、あのチビの男の子だったのです。
材木を積んだ上に、素足のまま靴もはかず大きな目に涙を一杯浮べて、細いのどに筋を立て、(気を付けっ)の姿勢で精一杯に歌っているのでした。足がふるえています。いじめっ子が何人かで、材木の上から下りないように見張っていて、
「もう一回!」
と、どなっていました。
「赤いくつ、はーいてた おんなの子、インジンさんに連れらって……連れられて行っちゃった。横浜のハトマから……行っちゃった」
涙が夕日に光ります。
材木の肌が赤みを帯び、下草が黒々と静まり返っています。
おそい秋の冷えた空気が、たそがれを知らせます。
半分馬鹿にしながらの拍手。子供達は、しゃがんだまま動こうとしません。見物している中に、しづちゃんがいました。
りつ子は、鼻緒の伸びたおばあさんの下駄を、あやつりながらはいて来た事も忘れて、大きな拍手をして前に行き、
「はい、お上手でした。おなたのお名前は何といいますか?」
と聞きました。胸の中が熱くなっていました。
「何だ何だ、りつ子、何だ」
いじめっ子三人が、りつ子の方に寄って来ました。ほかの子供達も立ち上がりました。
りつ子は、
「早くお家に帰りなさい、もういいからね」
と小さな声でいいながら、材木の上でふるえている男の子を下ろしてやりました。男の子は、
「インジンさんに……インジンさんに連れ……連れらって…」
と歌いながら、遠くに投げられていた穴のあいた運動靴を拾いに行き、ゆっくり足を入れています。りつ子は思わず
「いそぎなさい!」
と叫びました。
「おい、りつ子。いい気になるなや、こいつは、ここが(頭を指でさしながら)弱いんだ。だから、みんなで歌を聞いてやったんだ。」
「なんで無理矢理歌わせるの……。泣きながら歌ってたでしょう。」
りつ子は、涙が出そうになるのと、六年生の男の子が恐ろしいのを、キッとなって我慢しました。自分が三年生だった事などすっかり忘れていました。
「ばーか!、……いいんだ。」
もう一人が、
「今日は、これで解散!」
皆は、りつ子をまったく無視して帰って行きました。しづちゃんも、どうしたんでしょう、声もかけてくれませんでした。もっともしづちゃんに、あの時何か言われたら、りつ子はひどい事を言ってしまって、それっきりになっていたかも知れないと思っています。
ずっと後になって、あの男の子ーつまり、りつ子が言っていたインジンさんは、雪が根雪になる前に、風邪をこじらせて死んでしまったのを知りました。
りつ子は、お母さんのエプロンに顔を押しつけて、いつまでも泣き続けました。そして、ほんとうの悲しみは、何か言葉では表すことが出来ないものなのだという事が少し分かった様に思われるのでした。
秋の夕暮、「赤い靴」をたどたどしく歌っていたインジンさん。インジンさんは、いじめっ子に歌わされてこわかったけれど、拍手があったりして、少し嬉しかったかも知れません。
子供達は、インジンさんの悲しげな様子、あの声、あのさびしさを、もしかしたら、わかっていたのではないでしょうか。
子供達は、それが好きだったのではないでしょうか。
りつ子は、「赤い靴」を歌いません。
それにしても、インジンさんは、いつ、どうやって「赤い靴」を覚えたのでしょう。
「赤い靴」だけを……。
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