古賀茂明「安倍晋三首相は本当に女性の味方か、
それとも敵か?」
AERA 2017.6.5
安倍政権が誕生してから4年半近くが経過した。
その間、安倍総理は、絶えず高支持率を保ち、「安倍一強」の世界を築き上げてきた。
その支持率を背景に、これまでの自民党政権では難しいと考えられてきた政策も次々と実現している。結果を出す総理という意味では、歴代首相の中でも上位にランクされるのは確実だ。
しかし、その具体的な成果と言えば、国家安全保障会議設立、特定秘密保護法制定実施、武器輸出三原則廃止、集団的自衛権行使容認、PKO駆け付け警護など新任務付与、連続的原発再稼働……という軍事・核大国を目指すものばかりが目立つ。
経済を見ると、唯一、アベノミクス第1の矢の金融緩和で、就任1年目に株価を大幅に上昇させたことと労働力人口減少もあって実現した失業率の大幅な低減くらいである。ただし、実質賃金は、政権発足時から大幅に減少したままで、発足時の水準に戻すのはほとんど無理な状況だ。
こうした、軍事優先の政策推進の当然の帰結として、女性の内閣支持率が男性の支持率に比べて明確に低いという現象が生じている。女性は男性に比べて平和志向が強い。女性の支持率が低いと、安倍総理の悲願である憲法9条改正などへの賛成が減ってしまい、その実現が危うくなる。
憲法改正と列強のリーダーを目指す安倍総理にとって、最も重要なことは支持率を高水準に維持すること。そのためには、有権者の過半を占める女性の支持を獲得することは、最優先課題である。
もちろん、官邸はそのことを一番よく理解している。そこで、安倍政権は、早い段階から、「女性の味方―安倍晋三」というイメージ戦略を強力に展開してきた。
●「3年間抱っこし放題での職場復帰」は大ブーイング
その第一歩が、2013年4月に行った「成長戦略スピーチ」で、安倍総理が嬉々としてアピールした「3年間抱っこし放題での職場復帰支援」だ。
しかし、この作戦は見事に失敗に終わる。
働く女性を中心に大ブーイングが起きたのだ。批判の材料は極めて多数に上るが、主なものでは、「この政策を本当に実施すれば、おそらく3年間育休を取るのは女性が大半ということになる」「そんなことをすると、仕事のスキルや勘が失われ、キャリア形成にマイナスになる」「会社や職場の負担が大きい」「無給ではやっていけない」「男性の家事参加やそのための労働時間短縮・有給休暇取得促進などほかにやるべきことが山積しているはずだ」「育休1年だってとれない非正規社員のことを考えているのか」などというものである。
元々、安倍総理は典型的な保守的家族観を持っている。基本的に女性は家で家事と子育てに専念するのが本来の役割であり、それが女性の幸せであるという考え方だ。
おそらく、安倍総理のお友達が集まる官邸も似たような考え方のスタッフばかりだったのであろう。
そんな面々には、とても女性の気持ちを汲み取ることなどできなかったのだ。
そして、この時から、もう一つ一貫して安倍政権の女性活躍政策にまとわりつく「胡散臭さ」というものがある。
それは、安倍総理は、本当に女性のことを考えているのではなく、ただの手段として利用しているに過ぎないのではないかという疑念である。前述の、「女性の支持率を上げたい」という思惑は、だれでも勘づく。
もう一つの問題は、女性活躍が、常に成長戦略として語られることである。政権支持率を維持するためには、経済のパフォーマンスが重要だ。安倍政権が日銀やGPIFなどの公的資金で株価維持をするのはそのためだ。その一環として、人手不足の中で女性労働者が増えれば、企業が助かり景気にプラスだという単純な皮算用があるのである。
しかし、これも、多くの女性にとっては、疑いのまなざしを向けたくなる大きな要因になっている。
●待機児童0は当然のように先送り
もう一つの安倍政権の女性政策の特徴は、選挙目当てで、きれいごとを並べるが、目標がかなり先で、選挙の時の実績評価ができないことである。
「2020年までに指導的地位の女性割合30%以上」という2013年の参議院選挙の公約はその典型である。2020年までにと7年先の目標を挙げたが、そんな先のことを言われてもどう評価していいかわからない。17年6月になってみて、これが本当に実現できるとみている人はほとんどいないだろう。これから起きることは、経団連などで女性管理職30%を目指すとして、名ばかり管理職が増えるのがオチだ。
出生率を2025年度までに希望出生率の水準である1.8にするという目標を掲げたのも参議院選直前の2016年5月だった。ただし、この時は、女性に産めよ、増やせよ、という目標を立てることへの反発が強く、選挙公約には期限は盛り込まれなかった。
いずれにしても、目標時期を2025年度と言われても、そのための具体的手段がこれまでとほとんど変わらないのでは、ただ言っただけということに過ぎない。現に、2016年の出生率は1.44と前年比0.01ポイント減少してしまった。
そして、「2017年度待機児童ゼロ」という最も期待された公約も、当然のことのように3年間延期された。今この問題に直面している子育て世代にとっては、結局解決策のないまま幼児期の子育てを終えるという「手遅れ状態」になるのだが、それに対する謝罪は形ばかりのものでしかない。
そして、防衛費や公共事業予算などはほとんど何の議論もせずに大幅に増加させているが、子育て予算では、なぜかいつも財源論が立ちはだかる。
子育てのための保険だとか国債だとか議論するが、いずれも単に国民の負担を反発の少ない形でそっと導入しようというだけの話だ。
他の予算を削るという話は全く出てこない。それは、女性のための予算を他よりも優先しようという発想がないからである。
●後藤健二夫人を見捨てた安倍政権
ここまで経済的な問題を中心に述べたが、私が、安倍政権が女性に冷たい政権だという確信を持ったのは、後藤健二さん殺害事件の時である。
安倍総理は、2014年11月に後藤健二さんがISに拉致されたということを知りながら、わざわざ「敵地」中東を2015年1月に訪問した。こんな危ないことは、尋常な感覚の持ち主ならしなかったであろう。
その時、後藤健二さんのご夫人は、必死に後藤さんを取り戻すための身代金交渉をISとの間で行っていた。そんなときに、中東、しかもよりによってアラブの敵イスラエルを訪問し、さらにエジプトで、「ISILと闘う周辺各国に総額2億ドル程度の支援を約束する」といういわば、ISへの宣戦布告を行ったのである。
その直後にISは後藤さんの映像を公開し、安倍総理の言葉を強く非難したのだ。
そして、最終的には、後藤さんは還らぬ人となった。
この間、官邸は、後藤夫人の身代金交渉を一切支援しないように外務省に厳命していたそうである。他の西側諸国では、表の建前にかかわらず、次々とISから身代金と引き換えに人質を取り返したというニュースが報じられていたのに、安倍政権は米国に認められたいという思いで、後藤さんを見殺しにさせたのであろう。
私は、後藤夫人が、安倍総理が中東を訪問すると知った時の気持ちを想像した。そして、エジプトでのスピーチを聞いた時の驚きと悲しみと、そして、憤りを思った。
安倍晋三という人の非人間性を思い知らされた気がした。
2015年1月23日に報道ステーションで、私は、後藤健二さんを救いたいという一心で、「I am not ABE」のプラカードを掲げて発信しようと発言した。(これは、同年3月27日に同内容のフリップを実際に提示したのに先立つこと2カ月のことである。詳しくは拙著『日本中枢の狂謀』参照)
後藤さんは、戦争の犠牲になる女性や子供たちの映像を世界に伝えて、戦争の悲惨さを知ってもらい、世界平和への貢献をしたいという強い思いでシリアに旅立った。その後藤さんを見殺しにし、夫人の必死の思いを踏みにじった。それは、弱者に背を向ける安倍政権の非人道性を如実に表す出来事だった。
そして、その報道ステーションの放送中に、菅義偉官房長官秘書官の中村格氏(当時警察庁から出向中)からテレ朝幹部宛てに抗議のメールが届いたのである。
●共謀罪を優先して性犯罪厳罰化法案を廃案の危機
その安倍政権が共謀罪法案成立に猛進している。加計学園問題で追い詰められた安倍総理を守るために、国会を早く閉じるという目的のためである。
もう読者の皆さんはよくご存じだと思うが、今国会には、性犯罪厳罰化法案(刑法改正案)が提出されている。110年ぶりにようやく改正される大事な法案だ。ここまで、多くの性犯罪被害者の女性が、自分の名前と顔を晒して筆舌に尽くしがたい辛苦を経験しながら、ようやくたどり着いた法案の国会提出だった。
この法案は、共謀罪よりも先に国会に提出されており、慣例では、後から提出された共謀罪よりも先に審議されるべきものだ。しかし、安倍政権は、この慣例を無視して、共謀罪を優先審議し、国民を不安のどん底に陥れている。
もしも、安倍総理が、女性の気持ちにほんの少しでも寄り添うことができる人間であったら、決してこんなことはできなかったであろう。この行動を見た多くの女性、いや多くの有権者は、安倍総理の「女性活躍」という言葉がいかにまやかしであるかを悟ったはずだ。
●官房長官秘書官が詩織さん事件当時の刑事部長
ここまでで、本来はこの記事は終わるはずだったのだが、5月29日に衝撃の事実が明らかになった。
詩織さんという女性が、元TBS記者で、安倍総理と最も近いと言われるジャーナリスト山口敬之氏に暴行されたこと、そして、山口氏の逮捕状の執行が当時の警視庁幹部の意向で止められたことを記者会見で明らかにしたのだ。その後、当時の刑事部長自身が週刊新潮の取材に対し、自らの関与を認めて一気に疑惑が高まった。
ここでは事件の内容には立ち入らないが、警察関係者にいろいろ取材しても、こんなことは異例中の異例。
「これは、安倍総理の意向ではないのか」「明らかにおかしい」という話ばかりが聞こえてくる。
とりわけ、この当時の刑事部長が、前出の報道ステーション放送中にテレビ朝日に圧力をかけた中村格氏だったというのは、いかにも官邸の意向で動いたということを想像させる。
安倍総理と菅官房長官には、是非、詩織さんの記者会見を見てほしい。
そして、事の真相を徹底究明してほしい。
そう願っている人がほとんどではないだろうか。
私は、いつも、感情的にものを書くべきではないと思っている。自分のことを書くときも、いつもクールに書くことができる。そういう訓練は十分にできているつもりだ。
しかし、今、詩織さんのことを考えると、どうしても「怒り」の気持ちを抑えることが難しい。詩織さんだけではない、これまで、声を上げることさえできなかった無数の性犯罪の犠牲者の気持ちを考えれば、怒りを抑えられるほうがおかしいのではないかとさえ思う。
安倍総理に是非お願いしたい。
必ずこの事件の真相を解明してください。
もし、真実を覆い隠し、数の暴力で女性の人権をないがしろにするなら、そして、彼女たちの心の傷をさらに広げるような行いをするなら、きっと、相応の報いを受けることになると思います。
安倍総理が、女性の敵でないことを切に願っています。
著者:古賀茂明(こが・しげあき)「改革はするが戦争はしない」フォーラム4提唱者。元経産…
レイプ捜査もみ消し 疑惑の警察官僚は
古賀氏排除でも暗躍
日刊ゲンダイ 2017.6.6
安倍首相と昵懇の元TBSワシントン支局長の山口敬之氏(51)をめぐるレイプ事件もみ消し疑惑に、新事実が浮上した。2015年6月の逮捕寸前、警視庁高輪署員に「待った」をかけたとされる中村格刑事部長(現警察庁組織犯罪対策部長)が、安倍政権に批判的な元経産官僚の古賀茂明氏の排除にも動いていたのである。
古賀氏は15年1月の「I am not Abe」発言をきっかけに、テレビ朝日の「報道ステーション」を降板。その経緯を新著「日本中枢の狂謀」(講談社)で明かしているのだが、古賀氏のクビを決定づけたのは、番組放送中にテレ朝上層部に届いた菅官房長官の秘書官からの抗議メールだったという。この送信主が当時秘書官だったレイプ問題の中村氏、その人なのだ。
5日、日本外国特派員協会で会見した古賀氏はこう話した。
「抗議のメールをした秘書官のひとりである中村格さんが、いま話題の中村さんです。安倍政権の中枢と非常に親しい人物であり、菅官房長官の意を受けて圧力をかけた人物であることに非常に驚いた次第です」
■蓮舫代表「しっかり追及する」は口実だけか
政権に盾突く人間は徹底的に潰しにかかり、親密な関係であれば犯罪行為ですら不問にする。そんな露骨な色分けが許されるはずがない。しかも、レイプ問題は被害者が表に出て告発し、恣意的な捜査の疑いに言及している。野党が厳しく追及すべき事案なのに、民進党は週明けの国会でちっとも俎上に載せなかった。蓮舫代表は「この問題で行政が歪められたのかどうなのか。しっかり追及していく」と言っていたが、口先だけだったのか。
政治ジャーナリストの角谷浩一氏は言う。
「一連の疑惑が事実だとしたら、この国の三権分立は死んだも同然。中村氏は週刊誌の取材に〈私が判断した〉と答えているのですから、最大野党の民進党が率先して動き、国会に呼んで証言を求めるのが筋です。松本純国家公安委員長が衆院本会議で〈必要な捜査を遂げた〉〈再調査の必要はない〉と答弁したからといって、終わりにするような話ではないでしょう。事実関係の確認から、何度でも質問し続ければいい。政権に一蹴されたら引いてしまうようでは、国民と問題意識を共有していないとしか言いようがありません」
不正をただす役割の野党が腐敗政権を下支えする体たらく。だから安倍は、この期に及んでもデタラメ答弁をまくし立てていられるのだ。