「しんぶん赤旗」2022年2月15日~18日
(1)公金10兆円で挑む「錬金術」
岸田政権が成長戦略の柱と位置づける大学ファンドの運用開始が間近に迫っています。公的資金10兆円を金融市場で運用し毎年4千億円超の利益をあげ、世界レベルの大学を育成するといいます。政府自身が「異次元の政策」と呼ぶ構想に、金融界は株価上昇への期待感を、大学関係者はさらなる教育・研究基盤破壊への危機感を高めています。(佐久間亮)
「波乱相場の救世主!『大学ファンド』が日本株を下支えする」「TOPIX押し上げ効果最大6%か」―。運用開始が近づくほど金融市場の視線が熱を帯びています。
運用を開始後、実際に大学への支援が始まるのは2024年度からです。政府は通常国会に、支援対象大学の認定にかかわる法案を提出する予定です。
株で運用
12年の政権復帰以降、同じく「異次元」を冠した金融緩和策をすすめ、公的年金積立金や日銀を使って株価をつり上げてきた自公政権。大学ファンドのうち65%、6兆5千億円は株での運用が決められており、日本の株式市場はいっそう官製相場の様相が強まります。
投資の原資は国民から集めた税金約1兆円と国の借金の一種である財政融資資金約9兆円です。財政融資資金を元本保証のない株に投じるのは、借金でギャンブルに興じる危うさに通じます。
物価上昇を加味した運用目標は4・38%以上。政府は、日本の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の収益率がリーマン・ショック以降3・7%と好調だったことや、米英の有名大学の運用目標が軒並み5%台だということを根拠に、目標は決して高くないといいます。
高リスク
金融論が専門の鳥畑与一静岡大学教授は、資産を運用する信託会社に払う手数料を加えれば、毎年5~6%の運用収益を上げなければならなくなると指摘。必然的に高い危険を冒して高収益を狙う運用にならざるを得ないと語ります。
「この間のGPIFの高収益は世界的な金融緩和政策で株式市場に資金が流れ、株価が上昇したことを追い風にしたもの。いま世界は金融引き締めへかじを切っており、市場環境は大きく変わろうとしている」(鳥畑氏)
同様の声は市場関係者からもあがります。日本証券経済研究所の明田雅昭特任リサーチ・フェローは『証券レビュー』21年8月号で、政府が大学ファンドに「安全かつ効率的」という決して両立しない運用方針を求めていると批判。超低金利下で安全な国債運用では到底政府の運用目標は達成できず、「目標達成のためには元本割れリスクを覚悟した運用が避けられない」と指摘しています。
多額の損失が生じ財政融資資金が返済できなくなれば、最後は税金の形で国民が負担することになります。財政融資資金を審議する財務省の審議会で昨年7月、冨田俊基元中央大学教授は「錬金術を大学ファンドの名前で行うということだ」と批判しました。
(2)のしかかる成長への重圧
大学ファンドの危険は支援を受ける大学にも降りかかってきます。支援の要件として課された目標が達成できなければ援助の打ち切りもあり得るため、すさまじい重圧が大学にのしかかってくるからです。
政府は、本来は各大学が独自にファンドを立ち上げるなど「自律的」に収益を上げられるようにすべきであり、大学ファンドはそうした体制をつくるための時間短縮が目的だと説明します。
積み立て
そのため大学ファンドの支援を受ける大学には、年3%の事業成長と独自のファンド創設に向けた積み立てが課されます。しかし、支援候補大本命の東京大学でも2005~19年の平均成長率は1・4%。日本の代表的な11の研究大学(RU11)の平均では0・2%にすぎません。
独自のファンド創設はさらに困難を極めます。政府の大学ファンドは、1校当たり500億円を支援する想定で制度設計されています。同規模の運用益を各大学が独自に稼ぐには、途方もない額を積み立てなければならないからです。
鳥畑与一静岡大学教授(金融論)は、500億円の運用益を上げるには運用目標を3%としても1兆6667億円の基金が必要になると指摘。毎年400億円ずつ積み立て3%で運用したとしても27年、300億円では33年、220億円では40年かかるといいます。
他大学と比べ強い経営基盤をもつ東大でも20年度の経常収益は付属病院を含めて約2400億円。経常利益はわずか4億円です。
事業成長3%とファンド立ち上げに向けた巨額の積立金が強い圧力をかけ、稼げる研究への「選択と集中」が大学の経営戦略に組み込まれることになります。企業などからの外部資金獲得が見込まれる応用研究系の学部などへの資金傾斜と、基礎研究や人文系学部の軽視がいっそう加速しかねません。
独自のファンドを立ち上げたとして、その運用を担う人材がいるのかという問題もあります。
「米国の大学が優秀なスタッフを雇い未公開株やヘッジファンドなどハイリスクな投資をしているのは、国際金融市場で圧倒的競争力を持つ米国だからできること。同じことが日本の大学でできるのか」(鳥畑氏)
穴埋めも
大学ファンドの原資の9割を占める財政融資資金は20年後から返済が始まります。大学ファンドの支援が終わったとき、各大学でそれに代わる収入源が確保できていなければ、研究打ち切りや学部再編など厳しい事業計画見直しを迫られることになります。
政府は、大学ファンドから支援を受ける大学に拠出金を求め、同ファンドで一体的に運用することで支援からの「卒業」に向けた準備をするとしています。同ファンドから各大学への支援額は、大学の外部資金獲得実績や拠出金の状況をみて決められるため、支援と引き換えに多額の拠出金を求められる可能性もあります。
大学ファンドが損失を出した際、各大学の拠出金が穴埋めに使われる懸念はないのか。内閣府の担当者は可能性を否定するものの、財務省の審議会は昨年12月「支援を受ける大学も一定のリスクを負うべき」だとする審議まとめを出しています。
(3)研究壊す「毒まんじゅう」
「科学技術・イノベーションの力で新しい資本主義を実現させる」―。大学ファンドの支援対象となる大学のあり方をまとめた1日の総合科学技術・イノベーション会議で、岸田文雄首相はそう宣言しました。
ごく一部
10兆円の大学ファンドで世界トップレベルの大学を養成し、日本の研究力と経済を向上させる戦略です。運用益の一部は若手研究者育成のため博士課程の学生の支援にも回すといいます。
支援の対象となる大学数は現時点で明らかでないものの、政府は昨年の財務省の審議会では6校程度と説明していました。支援対象は段階的に増やすため開始当初はさらに少なくなります。
一方、支援対象とならない大学向けの「地域中核・特色ある研究大学総合振興パッケージ」は、2022年度予算案でわずか462億円。中身も既存の大学関連予算の寄せ集めです。
800超ある大学のごく一握りだけ支援して日本の研究力は底上げされるのか。1月の国立大学協会の総会では「日本の一番弱いところは地方大学などすそ野がやられたことだ。まずはそこを活性化しないとだめだ」(山梨大学の島田眞路学長)など、厳しい意見が相次ぎました。
背景には、国立大学法人運営費交付金を1割以上削減し、一部の大学だけ手厚く支援してきた、この間の「選択と集中」路線への批判があります。
国の科学政策などについて調査・発信している「科学・政策と社会研究室」の榎木英介代表は大学ファンドについて、支援と引き換えに教育と研究という大学にとって本来最も大切なものを犠牲にする「毒まんじゅう」だと指摘します。
大学ファンドから支援を受ける大学には年3%程度の事業成長が課されるうえ、企業などから外部資金(競争的資金)を多く獲得した大学ほどファンドからの支援額も大きくなります。
悪循環に
榎木氏は、国立大学などの交付金が減少し競争的資金を獲得しなければ研究が続けられなくなったことで、資金獲得のための書類作成に研究時間を奪われるようになり、不安定な任期付き教員を増やす要因にもなったと語ります。
「競争的資金のプロジェクトは長くても5年間なので、任期付きでしか研究者を雇えない。腰を据えて研究できないので短期間で成果が出やすいテーマを選ぶことになり、結果として革新的な研究が生まれない悪循環に陥っている」
国立大学の40歳未満の教員に「任期付き」が占める割合は2007年の38・7%から20年には67・1%へ激増しています。大学ファンドで博士課程の学生を支援したとしても、その後に安定的なポストがなければ問題はなにも解決されません。
大学院生にも教員から研究成果が強く求められるなか、博士課程を途中で断念せざるを得なくなった経験を持つ榎木氏。その教員もまた激しい競争に追い詰められていたのではと振り返ります。
「いまの大学は競争が激しすぎて学生をじっくり育てる余裕がない。時間をかけて育つタイプの人間は役に立たないと切り捨てられる。大学ファンドへの大学関係者の期待は大きかったが、実際の中身はこれまで通りの『選択と集中』だ」
(4)異次元ファンド 危険な大学改革
学長の上に大企業経営者
岸田政権の大学ファンド政策には、世界的に引用される回数がトップ1%に入る論文数を増やすなどといった、これまでの政府の科学政策に盛り込まれてきた研究力向上にかかわる具体的な目標が見当たりません。
肩代わり
「科学・政策と社会研究室」の榎木英介代表は「大学ファンドは科学政策というよりも、国際競争で苦境に立たされている日本企業が研究開発費を大学に肩代わりさせたいという思惑から動いているのではないか」と推測します。
日本企業の大学依存はすでに強まっています。日本企業が発表した論文数は1990年代後半をピークに減り続け、論文自体も大学などとの共著が7割近くに達しています。
そうした企業の思惑を後押しする仕組みも用意されています。大学ファンドの支援要件の一つ「自律と責任あるガバナンス体制」の構築です。ガバナンスは統治体制を意味します。大学自ら利益をあげる統治体制を構築すべきだというものです。なかでも政府が重視するのが国立大学の自治の見直しです。
国立大学は長年、教職員の投票結果にもとづいて学長を選ぶなど、教授会を中心とした大学自治を築いてきました。自公政権は、2004年の国立大学の法人化に合わせ、大企業の役員など学外者が半数を占める学長選考会議が学長を選ぶ仕組みへ変更。14年には教授会を学長の諮問機関へ格下げし、21年にも学長の権限と文科省支配を強化する法改定を行いました。
その結果、教職員の意向投票で大差で敗れた候補を選考会議が学長に指名する▽意向投票自体を廃止する▽カリキュラムもトップダウンで変更―など「学長独裁」と呼ばれる事態が各地で起きています。しかし、今回大学ファンドに組み込まれたガバナンス改革は、これまでの大学自治破壊と比べても次元を異にしています。
現在の国立大学では、学長と理事からなる役員会が意思決定機関と執行機関を兼ねています。理事数は大学ごとに法律で決められ、例えば東京大学は7~8人。学外者はそのうち2人いればいいことになっています。
一方、大学ファンドの支援を受けるには構成員の「相当程度」を学外者が占める「合議体」を大学の最高意思決定機関にしなければなりません。相当程度について政府は「例えば過半数、半数以上等」とし、メンバーには事業戦略や財務戦略に知見を持つ人物がふさわしいといいます。
自治破壊
合議体は、事業成長3%という支援要件の達成に向けた「経営戦略」をはじめ、大学の重要事項全般の決定権を掌握。さらに法人の長(学長)の選考と監督まで行います。政府は制度の細部を詰め、来年の国会に法案を提出する構えです。
実際の業務執行は学長らに委ねるので、教育や学問に合議体が介入することはない、という政府の説明は信用できるのか。
北海道大学の光本滋准教授(高等教育論)は、合議体が細かく口を出さなくても、合議体の下位に置かれる学長らが経営戦略に基づいて現場に介入してくることになるとし、大企業経営者などからなる学外者が大学を支配する道が開かれると警告します。
「大学の資金難につけ込んで、大学ファンドを大学自治破壊の強力なテコにしようとしている。事業成長に貢献しない学部の再編やカリキュラムの見直し、大学の収入を増やすための学費値上げがトップダウンで進められる危険がある。学問の自由が無くなれば、大学はもはや学術機関とは言えなくなる」(おわり)
学問、研究にたいする政権の介入は極力避けなければならないことは先の「学術会議」任命拒否問題でも明らかだ。「教育」にこれ以上の介入を許すわけには行かない。
「年金」も株に投じられました。「こんなに儲かっている」と胸を張りますが、年金支給額は減らされる一方で株主に。
ホワイトアウト
風が強く、玄関前に吹き溜り、ドアの1/3が埋まっていました。
上2枚は朝のようす。下3枚は先程4時過ぎです。