高橋陽一先生が、オランピック・ドウ・マルセイユを表敬訪問し、クラブの英雄であるジャン・ピエール・パパンと対面しました。
1993年のUEFAチャンピオンズ・カップ優勝は結果取り消しになるも、フランスでは唯一優勝経験を持つクラブ
当時はパパンだけでなく、アベディ・ペレ、ドラガン・ストイコビッチ、クリス・ワドルと各国代表がそろう
まさに「世界選抜」を先取りしたような陣容
の象徴がパパン、相性のJPPで知られるフランス代表のエースでした。
彼は1991年欧州最優秀選手に輝き、ACミランに移籍します。
初年度は13得点を記録し、欧州最優秀選手として結果を出すも、皮肉なことにACミランは古巣を超える世界選抜クラブであり、パパンですら先発の機会はそう多くありませんでした。
そしてFCバイエルン・ミュンヘンに移籍するわけですが、バイエルンでもそう目立つ形とはいきません。
それ以上にJPPが絶望したのは、やはり1994年のワールドカップを逃したことでしょうか。
1998年の自国開催に向け、1990年と94年の2大会を連続予選落ちで無駄にした形となったフランス代表は
1・指揮官にエメ・ジャッケを指名
2・彼は欧州選手権92に参戦するJPPとエリック・カントナに頼る展開をやめることを決断
3・ジネディーヌ・ジダンという稀代の名手を見つけ、彼を我慢して起用し96年欧州選手権を経て、見事優勝
という形を迎えます。
JPPじゃ1986年のワールドカップにエントリーしていますが、まさに七転び八起きの選手生活だった気がします。
それでも映像で高橋先生を迎えるその姿は、慈愛に満ちていたものですが。
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