弊社の「決算月」は実は10月、今月である。(税理士の12月は忙しいので10月にしましょう)という言葉につられ
何も考えずに「10月にしてしまった」
「本年度」は、思い返すと「コロナに始まり、コロナに終わった1年だった」おおよそ2/3はロックダウン下での業務だった。
在宅機関も4か月に上った。本当に大変な「1年だった」個人的にも「昨年7月にベトナムに帰国してから、ハノイに缶詰状態
が続いている、以前にも日本に年単位で帰らなかったことはあるが、それは経済的な事情だから、比較にはならない」
日本からのお客様の訪問もわずか3名だった。
こんな中だが、「日本の自動車産業は低迷していない」間接的な要因(マイクロチップの不足など)はあるが、基本的に
業界的には「動いている」日本とは不思議な国だ、人口は減り続け、車離れは加速しているのに、生産台数は、ほぼ変わらない。
内燃機関の今後を見れば、関連部品のメーカは「危機感を持っていると思うが?」確実に「関連部品は減少する」だけに
それを中心で作っている部品メーカにとっては「死活問題だろう」よくアンテナを張って状況を注視しなければ。
いろんな理由(環境問題に端を発した自動車関連の変化はもう止めようがない)で弊社の業界も不透明だ
「攻めたいが」今は「まずは現状規模を守らなくてはならない」(不本意だが)
今年は「こんな状況の中」ほぼ現状維持か若干マイナスかと思う。最終決算は未だだが?
まあ、この状況では「善戦健闘」したほうだろう。
そして、経費という点では「激減したかもしれない」以前は1か月に1回はコンサル業務で
日本に7-10日間ほど出張していた。その経費で1回30-40万円は使っていたと思うが本年度は
これが無いのである。(その代わりコンサル業務もすべてがSTOPした)
これは弊社の日本法人の話である。(自分の自宅の部屋に転送電話が1つあるだけである)
「連絡業務は家族が行ってくれている」
日本会社の実業務を98%行っているベトナム法人(自分が今いる会社)はベトナム会社なので「利益は国外には基本持っていけない」
取り立てて贅沢な暮らしてしていないので(正直に言うが私のベトナムでの給与は日本円で1か月≒16万円である。もちろん家賃などは
会社支払いであるが、場合によっては社員よりも少ないこともある。つい2年前は10万円、5年前は5万円だった。それでも生活できた。)
それでも、社員と同じレベルの生活をしてる限りは、不足とは思わない。毎月の余剰金が銀行に残り、時々旅行に行けるほどなのである。)
日本法人からの外注費で利益が出れば、そして「会社の利益が上がれば社員に還元することができる」(もちろん私の給与も上がる)
しかも業種によりベトナムは法人税が(弊社の業種では)一律20%なのだ。したがって日本の法人税
よりも税率が低い。ベトナムに腰を据えるなら「こういう点でベトナム会社のほうがメリットがあるのだ」日本会社のベトナム支社では
そうはいかないが?
そして自分は「主な日本のユーザと契約している日本法人の代表者」であるが、ベトナムの外注先である「ベトナム資本会社」に
出向している。そして「ベトナム法人の代表者ではないが、決裁権やその他の権限を委譲されている立場なのである」
(書類上の社長は社員の一人にしている)
いずれこのベトナム会社は「ベトナム人社員の共同持ち株会社」にしようと考えている。
その準備も始めている。しかしもう少し「技術的、組織的に強固に、たくましくしたい。」そしてそれがある程度達成された時が
自分が退くタイミングだと考えている。(私の夢は、一線を退きベトナムの静かなビーチ近くに家を借り、毎日海を見ながら
のんびり暮らすことだ、飽きたら会社のある都会に遊びに行き、そしてまた静かな海辺の町に帰っていく。そんな生活を夢見ている。
そして、時間とお金の許す限り、世界中の行きたいところへ出かけたい。それでも帰ってくるのはやはり海辺の静かな家である)
短期目標としては来年度は「固定の人員確保ユーザ」を、あと2社決めたい。今年度は新規は1社にとどまった。来年は2社を獲得し、
弊社内にある確保ユーザ用の「確保ルーム」の空きを埋めたい。(既存ユーザは死守し、できれば少しでも技術レベルを上げて、ユーザが
離れられない力関係をより強固にしたいと思う)
そして来年こそは「社員の給与を上げて、海に社員旅行に行きたいと思う」
(自分の会社のような業種では、財産は「人」である。それを育成することが一番大切なことである。そして多くの日本企業が
失敗しているように「育成した人材が容易にやめてしまう会社」というものが「どこが間違っているのか?」常に考えたい。
そして「社員目線でこれからも社員と共に会社を運営したい」(もちろん給与は大きなファクターだが、決してそれだけではない)
今の「会社のキャラクターを引き継ぎ発展させたい」
そして「異業種(建築)」ではあるが「ダメダメ会社」に翻弄された「建築関連社員」たちのために
しっかりした「親会社の元」「新会社」を創立し、軌道に乗せて「新しいベトナム人管理者」
に引き継ぎたいと思っている。(先方の依頼で、顧問的な立場では残るかもしれないが、「基本ベトナム人による運営」を
目指したい。(この会社運営は背水の陣でのぞむ)
気づけば、決算月も中旬である。朝から2つ目の台風で「雨の降り始めたハノイ」でぼんやり外を見ながら
こんなことを考えた。