★ベトナム・ハノイは「こんなとこ」★

個人で起業して「早14年目」普通にベトナムで「相棒ミッ(ポメプー犬)」と円安に苦しみながら、それでも何とか暮らしてます。

ベトナムハノイの良いお知らせ「規制緩和」

2021-10-14 09:49:10 | ベトナム・ハノイ

 朗報だ、本日(14日)午前6時から「規制緩和がなされる」主な内容は以下の通り。

① 公共交通機関の運行(バス、電車、タクシー、GRAB など)の運行許可(便数などに一部に制限あり)

② レストラン内での飲食が可能(ビアホイなどの主にアルコール提供店はNG,飲食店でのアルコール摂取は可能?)

③ 国内線の運航開始(但し、路線や便数などは正常に戻っていない) しかし、例えばホーチミンからハノイに

 来た場合の「7日間の強制隔離は廃止」(自分で健康状態を管理する、おそらく報告義務は残る)

*主要都市のホーチミン、ダナン、ハノイ間の路線は再開された。その他の路線も順次再開される予定

④ ホテルの営業再開(人数制限は有り)

まだまだ多くの制限は残るが、まずは「規制緩和の第一歩」だろう。

これで様子を見て、感染者が増えるようなら又すぐに「ロックダウン」になると思う。

昨日で「感染者3458人、ハノイ29人、死者数106人、ハノイ0人」である。

 中部観光都市ダナンでは11月から外国人観光客の受け入れをすると「アナウンスがあった」

(まあこれは希望的推測であり、あまり当てにならないが?)

それでも「前向きなニュースでうれしい限りだ」

このまま終息し、いつものハノイ、ベトナムに戻ってほしい。

*しかし、未だ日本とのビジネス往来や観光客受け入れに関して、又ベトナム人の日本ビザの発給に関しても

アナウンスは無い。

状況を見ながら、日本政府側に「タイムリーな対応」をお願いしたい。

(実習生や技術者、もちろん私のようなベトナム在住者の行き来についても早期再開を望む)

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ベトナムハノイの「今年の決算と今後」

2021-10-13 11:50:26 | ベトナム・ハノイ

 弊社の「決算月」は実は10月、今月である。(税理士の12月は忙しいので10月にしましょう)という言葉につられ

何も考えずに「10月にしてしまった」

 「本年度」は、思い返すと「コロナに始まり、コロナに終わった1年だった」おおよそ2/3はロックダウン下での業務だった。

在宅機関も4か月に上った。本当に大変な「1年だった」個人的にも「昨年7月にベトナムに帰国してから、ハノイに缶詰状態

が続いている、以前にも日本に年単位で帰らなかったことはあるが、それは経済的な事情だから、比較にはならない」

日本からのお客様の訪問もわずか3名だった。

 こんな中だが、「日本の自動車産業は低迷していない」間接的な要因(マイクロチップの不足など)はあるが、基本的に

業界的には「動いている」日本とは不思議な国だ、人口は減り続け、車離れは加速しているのに、生産台数は、ほぼ変わらない。

 内燃機関の今後を見れば、関連部品のメーカは「危機感を持っていると思うが?」確実に「関連部品は減少する」だけに

それを中心で作っている部品メーカにとっては「死活問題だろう」よくアンテナを張って状況を注視しなければ。

 いろんな理由(環境問題に端を発した自動車関連の変化はもう止めようがない)で弊社の業界も不透明だ

「攻めたいが」今は「まずは現状規模を守らなくてはならない」(不本意だが)

 今年は「こんな状況の中」ほぼ現状維持か若干マイナスかと思う。最終決算は未だだが?

まあ、この状況では「善戦健闘」したほうだろう。

 そして、経費という点では「激減したかもしれない」以前は1か月に1回はコンサル業務で

日本に7-10日間ほど出張していた。その経費で1回30-40万円は使っていたと思うが本年度は

これが無いのである。(その代わりコンサル業務もすべてがSTOPした)

これは弊社の日本法人の話である。(自分の自宅の部屋に転送電話が1つあるだけである)

「連絡業務は家族が行ってくれている」

 日本会社の実業務を98%行っているベトナム法人(自分が今いる会社)はベトナム会社なので「利益は国外には基本持っていけない」

取り立てて贅沢な暮らしてしていないので(正直に言うが私のベトナムでの給与は日本円で1か月≒16万円である。もちろん家賃などは

会社支払いであるが、場合によっては社員よりも少ないこともある。つい2年前は10万円、5年前は5万円だった。それでも生活できた。)

それでも、社員と同じレベルの生活をしてる限りは、不足とは思わない。毎月の余剰金が銀行に残り、時々旅行に行けるほどなのである。)

 日本法人からの外注費で利益が出れば、そして「会社の利益が上がれば社員に還元することができる」(もちろん私の給与も上がる)

しかも業種によりベトナムは法人税が(弊社の業種では)一律20%なのだ。したがって日本の法人税

よりも税率が低い。ベトナムに腰を据えるなら「こういう点でベトナム会社のほうがメリットがあるのだ」日本会社のベトナム支社では

そうはいかないが?

 そして自分は「主な日本のユーザと契約している日本法人の代表者」であるが、ベトナムの外注先である「ベトナム資本会社」に

出向している。そして「ベトナム法人の代表者ではないが、決裁権やその他の権限を委譲されている立場なのである」

(書類上の社長は社員の一人にしている)

 いずれこのベトナム会社は「ベトナム人社員の共同持ち株会社」にしようと考えている。

その準備も始めている。しかしもう少し「技術的、組織的に強固に、たくましくしたい。」そしてそれがある程度達成された時が

自分が退くタイミングだと考えている。(私の夢は、一線を退きベトナムの静かなビーチ近くに家を借り、毎日海を見ながら

のんびり暮らすことだ、飽きたら会社のある都会に遊びに行き、そしてまた静かな海辺の町に帰っていく。そんな生活を夢見ている。

そして、時間とお金の許す限り、世界中の行きたいところへ出かけたい。それでも帰ってくるのはやはり海辺の静かな家である)

 

 短期目標としては来年度は「固定の人員確保ユーザ」を、あと2社決めたい。今年度は新規は1社にとどまった。来年は2社を獲得し、

弊社内にある確保ユーザ用の「確保ルーム」の空きを埋めたい。(既存ユーザは死守し、できれば少しでも技術レベルを上げて、ユーザが

離れられない力関係をより強固にしたいと思う)

そして来年こそは「社員の給与を上げて、海に社員旅行に行きたいと思う」

(自分の会社のような業種では、財産は「人」である。それを育成することが一番大切なことである。そして多くの日本企業が

失敗しているように「育成した人材が容易にやめてしまう会社」というものが「どこが間違っているのか?」常に考えたい。

そして「社員目線でこれからも社員と共に会社を運営したい」(もちろん給与は大きなファクターだが、決してそれだけではない)

今の「会社のキャラクターを引き継ぎ発展させたい」

 

 そして「異業種(建築)」ではあるが「ダメダメ会社」に翻弄された「建築関連社員」たちのために

しっかりした「親会社の元」「新会社」を創立し、軌道に乗せて「新しいベトナム人管理者」

に引き継ぎたいと思っている。(先方の依頼で、顧問的な立場では残るかもしれないが、「基本ベトナム人による運営」を

目指したい。(この会社運営は背水の陣でのぞむ)

 

 気づけば、決算月も中旬である。朝から2つ目の台風で「雨の降り始めたハノイ」でぼんやり外を見ながら

こんなことを考えた。

 

 

 

 

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ベトナムハノイの「猫の目、ベトナム方針」

2021-10-13 10:57:22 | ベトナム・ハノイ

 ベトナムという国は建国未だ50年足らずの国だ、生活し、仕事をしていく中で

「未だに国の方針や制度、法律」に関し「未成熟」さを多く感じる。おそらく「国が若く、試行錯誤をしているのだろう」

日本から来た自分には数多く???を感じることが多い。

コロナに対しての対応も同じだ「しかしコロナに関しては、どこの国でも初めての経験であり、差が出た部分は国の豊かさによる

差だった」と感じる。では、どんなところにそれを感じるのだろう。

① 法律、体制の未整備(未成熟)

・例えば日本から荷物を送った場合の「関税のかけ方」これが同じものを送っても、送れたり、送れなかったり、

恐らく、担当者によって、又はその気分によって条件が変わるのである。「関税額」も同様だ、「驚くほど高額だったり、適性だったり」

さまざまである。(安かったことは無い、しかも最近は小さなものまで、全て中を開けられて確認される。ひどい場合はパッケージング

されているものも「開けられる」こともある。)

・労働法などは社会主義故に「毎年改定」(労働者に有利な方向に改定される)される。書店には「2021年の労働法」なる書籍が

売られる。会社の「組合役員はこれを入手し、労働者に有利になった項目を探し出し、会社側に社内規定の法律に沿った改定を

求めてくる。(悪い事ではないが、変わりすぎるのである)

「社会主義故の癒着、賄賂の横行」

・交通違反時の「警官による賄賂の要求」(定常化している慣習)給与額が低いためそれを補うための慣習化?取られるほうも、正規金額や

面倒な手続きよりは「お金ですましたい」という意識も影響。

・政府関係者の「特権意識」(立場を利用した、収益作業の横行など)やはり、政府機関の勤務者は「特権階級である」交通違反の免除

通常手続きの優先、等々我々の知らないところでも多くある。

もちろん日本や欧米でも似たような事例もたくさんあるだろう、しかしでは「やはりベトナムはこの面で未成熟」と言わざるを得ない。

 社会体制や慣習も影響しているのかもしれないが?

 実際に暮らしている「特に自分のような外国人」はこのような影響を大きく受けるのだ。

「言い訳や、理由もネイティブでは語れない、ある意味、泣き寝入りするしかないのである」

③ コロナに対する対策

一時期は「コロナを見事にブロックしていたベトナム」だが、感染力の強いデルタ株の前では、この守りは機能せず

大きな犠牲を払った。社会体制の差で「ロックダウンを容易に施行できたベトナムは、有利であった」しかし、医療体制などは

いかんともしがたく、大きな犠牲も払った。ここにきて「各国からの援助もありワクチン接種も徐々にではあるが進んでいる」

この国家予算レベルでは「よくやっているほうだろう」 一番大きいのは、「国民が文句を言わずこの体制についていくことだろう」

これは必ず「これまでのベトナムの歴史が関係している」中国、フランス、日本、アメリカに支配し続けられ、それに耐え抜いたDNAが

あるからに他ならない。それを強く感じる。

 

*今回、日本から送ったサプリが「関税で止められ、保健省に提出しろ」と、今までも10回ほど同じものを送って何もなかった

今回だけこのように言われた。しかも「保健省審査に3万円かかり、許可が出るかもわからないと」

問い合わせたが「特別法律は変わっていない」ということである。社員に聞くと「審査官の虫の居所が悪かった」

ということらしい。実害を受けるのはいつも「弱い立場の外国人である」

弱ったものだ。

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ベトナムハノイのデリバリー「とほほ」な出来事

2021-10-12 10:01:08 | ベトナム・ハノイ

 昨日帰宅し、着替えていたら「4歳友人の母上から連絡」・・・「今日は疲れたのでデリバリーしますが、どうしますか?」

とのお誘い。ちょうど何の予定もなかったので「便乗させていただく」夕食は「ブンボ-フエ」に決まった

 かの家庭は「小さい子もいるので、到着したら私が行くことを打ち合わせし、待っていた」

「来ましたよ」との連絡、いつもは「電話番号が添付されているが、今回は「なし」?GRABとだけコメント」まあいいやと思い

1Fの受け取り場所へ。 少し探したが見当たらない、するとGRABの人から「ブンボ-フエ」というではないか?

値段を聞くと「ほぼ連絡あった値段とほぼおなじ」迷うことなく「お金を払い、受け取って4歳友人宅へ」

届けた後、「電話が!」「このブンボ-フエは【他の人の物ですよ】頼んだデリバリーから今、連絡があったと」

「え???!!!」

 どうやら「人の頼んだ品物を間違って持ってきてしまったらしい」・・・

*同じタイミング

*同じメニュー

*同じ時間

★ 間違いが起きたのは、普通は取りに行くときに「電話番号を知らされ、そこにかけて確認するが、今回は

「ない」と言われ、受け取ってしまった。その後「電話番号が来たようだが時すでに遅し」であった。

★ 4歳友人の母上が「アパートのSNSでブンボ-フエを間違いで預かっているとアナウンスしたが該当者は

出てこなかった。

*唯一の救いは「料金は自分が全額払っていることだ」言葉の問題ではなく「私の確認不足」が原因だろう。

「かの母上家族には迷惑をかけてしまった」すまんことである。

異国で暮らす難しさを10年たったベトナムでまた「思い知らされた」。まだまだである。

 2時間ほど待ち、申し出の人がいないようなので「残念だが廃棄した」

私の頼んだブンボ-フエも「食べる気にならず、同じく廃棄した」

やはり、海外で住み、現地の人と「同じように過ごすにはまだまだ修行が足りないようだ」

少し凹んだ雨の月曜日だった。

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ベトナムハノイの「規制緩和」

2021-10-11 15:54:21 | ベトナム・ハノイ

 先日ブログで「国内線制限中の陸路移動」を載せた。

本日、国内線の「規制緩和が発表された」

19路線の38便が10日に運航された。

再開はされたが、結局行った先での「隔離措置は続いておりあまり意味がない」

つまり「ホーチミンからハノイに来れるのはいいが、ハノイで7日間強制隔離」したがって

移動のトータルコストは非常に高い。

(昨日ホーチミンで日系企業に働いているハイフォン出身のベトナム人が当局に問い合わせたところ

「ホーチミンからハノイ、ハイフォンどちらにも行けるが、どちらも7日間の隔離が必要と聞かされ

帰郷をあきらめた」と話が有った。可哀そうなことである。2回の接種も終わっているのに、である)

国内移動して「7日間の隔離を容認できる人がどれだけいるだろうか?」バスでも列車でも飛行機でも

感染条件は変わらないと思うが?

 弊社も初めてベトナム国内に「日系ユーザー」を持つことになった。

近々、その拠点である「ベトナム中部の古都」フエに「技術供与(レクチャー)する社員共々

「訪問、滞在」する必要がある。それ故、「運航再開のアナウンスを期待していたが」

これでは「行くことはできても、無駄な時間を過ごさなくてはならない」この状況では

「行く決断はしかねる」今回の「規制緩和に最後まで反対していたのは首都であるハノイ都だった

ホーチミンの惨状を見ていた首都ハノイは「絶対に首都であのような惨状は避けなければならない」と

感じているのだろうと察する。もしハノイであのような状況が起こったら、首都機能、いいや「国家としての機能」が

停止してしまうだろう。したがって「今回の規制緩和に最後まで反対していたのはハノイだった」仕方がないことだ。

(昨日の感染者数は南部を中心に3513人【ハノイは1名】 死者数は113人【ハノイは0人】)

現在の感染者数だったら「ハノイのロックダウンはもっと早く解除していただろうが、おそらく「首都であるハノイを

守るために、この感染者数でも「ロックダウン」を緩めようとはしていない。

 日本とは異なり「経済復興は二の次、おそらくハノイは規制解除は一番遅いのではないかと思う」

コロナでベトナムでも「多くの倒産した企業や、閉店した商店がある。失業率も過去最高になった」

それでも規制を緩めず、支援金も微々たるものだ」それでもベトナム人は頑張るのである。

自分も「ベトナム入国規制緩和」がなされたら「すぐにでも日本へ行かなくてはならない」

(新会社の管理者であるかの4歳友人母上と新会社の打ち合わせに行かなくてはならない。したがって日本人の再入国、ベトナム人の

再入国が隔離無しで、しかもベトナム人短期出張ビザ発給も再開されない限り訪日は難しい)

困ったものである。そのレベルに行くには、正直「まだまだ」だ。

 

 

 

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