鈴木海花の「虫目で歩けば」

自然のディテールの美しさ、面白さを見つける「虫目」で見た、
身近な虫や植物の観察や飼育の記録。

ツマグロヒョウモンが北進したワケ

2010-05-23 12:40:16 | 日記

 今年3月24日に、東横線沿線の駅前にある寄植えのコンテナのパンジーを食い尽くそうとしていたツマグロヒョウモンの幼虫を採集して飼育してみました。  

 最初に駅のコンテナで幼虫を見つけたときは、これがツマグロヒョウモンの幼虫だなんて、まったく知らず。目をそむけたくなるほど黒と赤の体がドクドクしいし、トゲトゲしている。

花びらも葉っぱももりもり食べて、こっくりした緑色のフンをする・・・うっ。

 気になるので家に帰って調べてみたら、なんと私の好きなチョウであるツマグロヒョウモンの幼虫であることがわかったので、翌日はまず食草のパンジーを買い集めて準備。翌々日にまた駅へ行って、人目をさけながら6匹採集してきました。  

 6匹のうちすでに5齢と思われるものと2齢くらいのをドームで、他の4匹をベランダのパンジーの鉢で育てることにしてみました。 しかしなぜかベランダの4匹はあれよあれよという間に次々に鉢の外に落下して死亡。

 いっぽう室内飼育の2匹は、パンジーをもりもり食べてすくすくと育ち、やがて5齢のほうが前蛹に。

 見ているだけであぶなっかしい前蛹。

 

 アゲハチョウは、枝に両手をまわすように糸をかけ、さらにオシリの先を枝に固定するので、とても安定感のあるサナギなのですが、ツマグロヒョウモンはこんな風に、オシリの1点で枝にぶら下がっているだけなので、落下するものが多いとか。

そしてぶじ、楽しみにしていた銀色の突起のあるサナギになりました!

 この銀色、というか鏡のように周囲を映し出すピカピカの突起は、自衛のためについているのだと思われますが、じっさい写真を撮ろうと近づくと、こちらの動きが突起の鏡に映りこんでチラチラなにかが動いているように見える。

 なるほどぉ!と自衛の効果を実感しました。動けない蛹ですが、もし敵が近づいても、これなら敵自身の姿が突起に映って、なにか動くものがあるようにみえるのでしょう。  

 チョウのなかには、ゴマダラチョウのように、全身ぴかぴか金色のサナギをつくるものもいますが、ツマグロヒョウモンは、コストの関係から10個の突起を銀色にするという選択をしたのかな。

 そもそも毒がないのに毒をもっているように見せかける擬態というのも、毒をつくるためのコストを削減するためと思われ、ツマグロはいろいろな部分で節約の工夫をしているように思います。

 

 そして、1週間後に羽化。 <ヒョウモン>という名前のとおり、ヒョウ柄の翅ですね。

 ツマグロヒョウモンはオスとメスでは翅の模様が違うので、翅を開くのを待って、この日は外出しないことにしたのですが・・・・・・ちょっと目を離したすきに飛んでいってしまいました。  

 アゲハチョウは羽化後、翅が乾いて飛べるまで3時間くらいかかりますが、ツマグロヒョウモンはアゲハより小さくて翅の面積も狭いせいか、2時間くらいで飛べるようになるようです。  

 もう1匹のほうは、蛹になるまでさらに10日ほど。

 ところで、前蛹になった段階で、蛹になれるような枝をパンジーの鉢にたてたのですが1匹目はちょっと茶色っぽい枝、2匹目は黒い枝でした。それぞれの蛹はそれぞれの枝の色と同じ。これは偶然?

黒い枝には黒っぽいサナギが。

 

 飼育をはじめたころ、『琉球の蝶 ツマグロヒョウモンの北進と擬態の謎にせまる』(伊藤嘉昭著 東海大学出版会)という、一冊まるごとツマグロヒョウモンについての本を見つけました。  

 この本によると、ツマグロヒョウモンは戦前には熱帯、亜熱帯性のチョウであったのが、次第に北進し、今では関東地方でもけっこう普通に見られるチョウになったという。

 そう、ほんとうに毎年すがたを見ます。しかもけっこうひんぱんに。 わたしがこのチョウを好きになったのは、ある夏の夕方、西日のなかで気持ちよさそうに庭で休んでいるかのような姿をみてから。飛ぶときもゆっくり、ひらひら飛ぶので写真が撮りやすいという印象もあった。  

 本を読んでわかったのですが、この「ゆっくり飛ぶ」というのには、じつは理由があったのです。  

 ツマグロヒョウモンは毒をもたないチョウですが、沖縄の毒蝶カバマダラに擬態している。それで幼虫もいかにも毒あり気、な色形なんですね。

 メスとオスではちょっと翅の色、模様が違いますが、特にメスは、この毒蝶に擬態した前翅を天敵(主に鳥類)に

「よっく、みてね。わたしってカバマダラだから不味いし、食べるとおなかをこわすわよ」

とみせびらかすように、ゆっくりと飛ぶのだそうです。 

 しかし、この擬態―毒もないのにあるように見せかける擬態をベーツ型擬態(私はウソツキ擬態と呼んでいる)といいます―が成り立つためには、ほんとうに毒をもつ元々の「モデル」となるチョウがいることが必要なのですが・・・・・・ここにナゾが。 

 ツマグロヒョウモンは生息域を広げて北進したのですが、かんじんのカバマダラは関東地方にはいません。ということは関東地方の鳥は、カバマダラを食べてその毒でおなかをこわしたり、吐き気を催した経験がないので、カバマダラを食べるのは剣呑である、ということを学習していないはずです。

 なので、せっかくのツマグロヒョウモンの擬態も役に立たないと思われるのですが、じっさいにはツマグロヒョウモンはぐんぐん北進して数を増やしている。このナゾについて本書では、いろいろな説が紹介されていて、

 著者が有力とみる説は、もともとツマグロヒョウモンは味のまずいチョウなので、毒があるないというよりも、その地域で食べた鳥が敬遠するようになった、というもの。でも鳥にとってツマグロヒョウモンが美味しいか不味いかを人間が証明するのは・・・・かなりむずかしそう。  

 北進の理由についてはいくつか考えられ、まずは温暖化。特に冬期の気温の上昇。そして2つ目がなんと、人間が春先に庭や街頭のコンテナに植える大量のパンジーなんだそうです。

 ツマグロヒョウモンの食草はタチツボスミレですが、小さなことにはこだわらないタチらしく、同じスミレならなんでもいいわ、とばかりにパンジーもヴィオラも食べる。人間の園芸行為によって、ツマグロヒョウモンは北進するための寄主植物を豊富に得る結果になったというのです。(東京で見た印象では、そのパンジー率の高さはあきれるほど)

 虫だけでなく、植物、動物にも北進して生息域を広げているものの話はよく耳にするけれど、沖縄でしか見られなかったチョウが東京でも見られるようになったのを、単純に喜んでいいのかどうか。

 いろんなことの関係を知ったり、考えたりしたツマグロヒョウモンの飼育なのでした。      


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